科学技術振興機構と東京医科歯科大学は9月28日、1週間から1カ月間使用可能で生体適合性に優れた、ディスポーザル(使い捨て)式の体外設置型磁気浮上遠心血液ポンプの開発に成功したと発表した。今回の成果を元に、2011年8月22日には、研究開発メンバーが出資して、「メドテックハート株式会社」が設立されている。

近年の生活の欧米化などに伴い、心臓移植を必要とする重症心不全患者が増えているのが日本の現状だ。臓器移植に関する法律も改正されたが、ドナー不足は依然として深刻な課題であり、人工心臓への期待はますます高まる傾向にある。

現在、国内で認可されている人工心臓には、手術時に6時間程度の心肺機能を代行する人工心肺装置の血液ポンプ、救急救命医療として短期間(1週間以内)生命を維持して手術などに橋渡しをする経皮人工心肺装置の血液ポンプ、心臓移植を前提に長期間(日本では2年以上)循環を維持する植え込み式補助人工心臓などがある。

しかし、1週間から1カ月という中期間利用の血液ポンプは人工弁を2個用い、拍動流を発生させる装置しかない。しかも拍動流ポンプは充填する血液量が多く、生体適合性についても十分でないなど、懸念事項となっている。

中期間の循環補助に適した小型で生体適合性に優れた補助循環装置があれば、救急救命治療室に運び込まれる急性心筋梗塞や急性心原性ショック、手術後の低心拍出量症候群といった慢性疾患の中期的循環補助・治療を可能にし、次なる治療手段の構築、選択につながるなど、重症心不全患者に対して貢献できる可能性があるというわけだ。

従来の体外式ポンプ技術では、血液を押し出す羽根車を機械式ベアリングで支持するため(画像1)、ベアリングの摩耗や熱発生などが原因で起こる血球破壊や血液の凝固などにより、ポンプ内に血栓ができて、24~48時間でポンプの交換をしなくてはならない点が弱点だった。

画像1。機械式ベアリングの血液ポンプと非接触式血液ポンプの構造比較。左が、接触軸受け(ピボット軸受け)を用いてインペラを支持し、Z方向の磁気カップリング力でインペラを回転させる従来型の遠心血液ポンプ。右は、機械式軸受けを用いず、磁気によって回転体であるインペラを磁気浮上させ、完全非接触の状態で回転させる磁気浮上型血液ポンプ。従来の遠心血液ポンプでは、軸受けの摩耗、せん断力、滞留などにより、耐久性の低下、血球破壊(溶血)、血栓形成を生じるが、非接触軸受けポンプでは、それらの問題を防ぐことが可能だ

そこで開発代表者である東京医科歯科大学の高谷節雄教授と、分担開発者の東京工業大学の進士忠彦教授らは、2軸(X、Y軸)制御のコンパクト時期軸受け技術(画像2)と径方向磁気力スプリング機構を組み合わせることで、簡単に着脱できる体外設置型、ディスポーザル式食封上遠心血液ポンプ(画像3)の研究開発を行った。

画像2。2軸(X、Y軸)制御コンパクト磁気軸受けの構造図と断面図。左は、お互いに90度の位置に配置された2個の変位センサを用い、永久磁石と鉄リングで構成されたロータの位置を検出し、電磁石を用いてロータの位置を制御する仕組み。右は、aが軸方向(Z方向)、bが回転方向の永久磁石の吸引力により復元する仕組みと、cがX、Y方向または径方向の電磁石の吸引力により制御する仕組み

画像3。ポンプヘッド部が着脱可能な本研究で開発した磁気浮上式遠心血液ポンプ

さらに血液接触面に生体適合性に優れた素材として、細胞膜の二重リン脂質構造を模擬し、タンパク質などが表面に吸着しない性質を有した「MPCポリマー」(2-Methacryloyloxyethyl PhosphorylCholin)をコーティングすることで、血栓ができにくい安全で安価な血液ポンプを開発したという次第である。

子牛を用いた実験では、従来の機械式ベアリングを有する遠心ポンプのような血栓塞栓症による問題は一切起こらず、安全で安定した60日間の循環維持を5頭で達成。この間、腎臓や肝臓などの重要臓器機能は正常に維持され、血漿中の遊離ヘモグロビン量は通常の3mg/dL以下を維持した。

60日間の実験終了後の解剖検所見では、ポンプ内に一切血栓形成を認めず、重要臓器の梗塞もなかったことが確認されている(画像4)。ポンプ交換せずに最長60日間(目標期間の2倍)、5頭の子牛にて安全・有効な循環補助機能を確認できたことから、1ヶ月間安全に使用可能な、ディスポーザル式磁気浮上式遠心血液ポンプ技術の実用化にめどがついた次第だ。

画像4。子牛を用いた磁気浮上遠心血液ポンプの実験風景と子牛の生存日数。aは、子牛を用いた磁気浮上遠心血液ポンプの実験風景。血液ポンプは牛の背中にモータドライバを固定し、着脱可能なポンプヘッドに送・脱血管をつなぎ、生体内の心臓および大血管に挿入・吻合して血液の循環が行われた。また、磁気浮上コントローラやモータ回転制御装置は、後方の牛の左側にあるPCで制御。右は子牛の生存日数を示したグラフ。サンプル1は2008年に行われた、従来型の機械式ベアリングの遠心血液ポンプによる実験結果。機械式ベアリング部で発生する熱や血栓などにより下肢麻痺が進行し、平均生存日数は2.83±0.707日、N=6だった。サンプル2は2009年度から開発中の磁気浮上遠心血液ポンプに切り替え、フェーズ1として2週間に限定した実験を行った結果。機械式ベアリングポンプのような下肢麻痺は一切起こらず、装置の評価を行うことが可能に。生存日数は8.87±7.08日、N=15だった。サンプル3は2010年から2011年にかけて実験期間を60日に延長して行った第2フェーズ実験。生存日数は54.22±8.70、N=9を示し、その内の5頭においては実験期間の60日を満了し、安全・有効な循環補助を実現した

今回の血流ポンプには、従来と比較して以下のような特徴がある。

1つは、機械式ベアリングの短期使用血液ポンプと比較して、耐久性、抗溶血性、抗血栓性、ポンプ内充填量などにおいて優れているということ。また、1カ月間の使用が認可されている拍動流補助人工心臓と比較した場合も抗溶血性や抗血栓性などの面で優れているだけでなく、拍動流ポンプには欠かせない弁を必要としないため、小型化、構造の単純化が可能となっている(画像5)。

画像5。今回の研究で開発された磁気浮上遠心式血液ポンプと、従来型や植え込み式補助人工心臓の性能、臨床応用範囲の比較

2つ目は、ポンプ性能が原因で人工肺の性能低下を招くと考えられている経被人工心肺治療において、今回のポンプを用いることで人工肺の寿命を延長し、2~3週間安全な心配補助を通じて生命維持を可能にし、次なる治療方針の構築を可能とする点。

3つ目は、血液ポンプ、人工肺そのほか関連する回路部品を含めた一式をポータブル化することで、救急車やドクターヘリに搭載して患者サイトへ運び込み、早期装着を施すことで、救命率の向上にも寄与するという点。

4つ目は、使用する際は左側開胸または末梢血管からカテーテルを挿入して循環維持ができ、正中切開を要する植え込み式補助人工心臓と比較して低侵襲で使える利点があるという点。

5つ目は、植え込み式補助人工心臓の前段階に今回のポンプによる治療を行うことで、本当に心臓移植や植え込み式補助人工心臓を必要とするかどうかの判断を可能にすると同時に、高度侵襲治療に耐えうる健康状態を創出することができるという点。

6つ目は、植え込み式補助人工心臓の適用となった患者において左心を補助した場合、右心に負荷がかかり、右心不全を発症するケースが報告されているが、今回のポンプはそのような状況において、一時的に右心補助ポンプとしての使用に適しているという点。

7つ目は、国内には現状では小児用補助人工心臓がないが、今回のポンプの充填血液量は20ccとほかのポンプに比べて少なく、小児心疾患の治療にも適しており、心臓移植への橋渡し治療を可能とする点。

最後の8つ目は、透析治療への応用において、血液・透析液ポンプとしてクリーンな血液や透析液の循環を可能にする点もある(画像6)。

画像6。今回の研究で開発されたディスポーザル式遠心血液ポンプの想定される臨床応用

今後の計画は、中期間使用可能な循環補助装置として、欧米において製造販売承認を取得し、欧米での実績を積んだ上で、国内に逆輸入して販売するとしている。そして、並行して経皮人工心肺装置の血液ポンプとして市販されている人工肺と組み合わせることにより、簡便な経皮人工心肺装置を作成して、製造販売承認を取得することも計画しているという。

またコスト低減を目的として、使い捨て部分に永久磁石を使用しない磁石レス磁気浮上遠心血液ポンプの研究開発も進めているとしている。磁石レス磁気浮上には、回転体に内蔵するネオジム鉄の永久磁石の代わりに磁性軟鉄を使用する形で、研究が進められている。

さらに、システムの小型化も進めるという。新生児から小児への応用を展開することや循環系意外への応用として、透析装置の研究開発を進め、製品化を図ることも視野に入れているとした。