物質・材料研究機構(NIMS)と東北大学は9月27日に共同で、高温高圧条件でのアミノ酸の重合実験を行った結果、タンパク質の元となるペプチドがグリシンやアラニンなどの単純なアミノ酸から作り出されることを明らかにしたと発表した(画像1)。タンパク質の元と成る物質の精製が原始地球の海底地下で起きていたことを示唆する結果であり、NIMSの谷口尚グループリーダー、中沢弘基名誉フェロー、東北大の大学院理学研究科の大竹翼助教、掛川武教授らよるもの。成果は米学術誌「Astrobiology」のオンライン版で近日中に公開される予定だ。

画像1。今回の研究で実証した複雑有機物生成仮説のイメージ

生命は複雑に高分子化された有機物で構成されており、その複雑な高分子は単純な有機物が重合することによってできあがってきたという、「化学進化」という概念が一般的となっている。ただし、これまでの初期地球環境や宇宙環境を模擬した有機物合成実験においては、今のところアミノ酸などの単純な有機物のみが生成されている状況だ。そのため、化学進化の場が初期地球のどこだったのかはまだ判明していない。

また、生命活動には水が必要不可欠であることから、一般には、有機化合物は海水中で高分子に進化したと考えられている。アミノ酸の重合反応は吸熱反応であることから、高温条件下で反応が促進されるため、海底熱水系が化学進化および生命誕生の場として適当な環境であると、これまでのところ注目されてきた。

しかし、高温の海水条件下ではアミノ酸の分解も速やかに起きてしまう。200℃以上だと数時間の内に分解してしまうため、海底熱水系で生命が誕生したとは考えにくいという見方もある。

一方、NIMSの中沢弘基名誉フェローは、生命起源の地球史的考察から、海洋堆積物に吸着したアミノ酸などの有機化合物がその後の続成・変成環境の加圧・加熱によって脱水重合し、生命誕生に必要なより複雑な有機物へと進化したであろうとする「海底地下での分子進化説」を提案。

同説に基づいた先行研究では、グリシン粉末を加圧・加熱(100MPa、150℃、8日間)して10量体のペプチド合成に成功している。しかし、その一般性や圧力がアミノ酸重合反応や安定性に影響を与える要因についてはまだ解明されていなかった。

今回の研究では、「海洋堆積物が圧密・脱水によって固結し、地層となる」過程である続成・変成作用を模擬し、180~400℃、1~5.5GPaという幅広い温度と圧力条件下で、アミノ酸の安定性および重合反応の詳細を実験的に調査した。これらの温度と圧力条件は、天然で考えられる100~400℃および0.2~1.5GPaと比較すると過剰ではあるが、地質学的時間スケールと比較して、限られた時間内の室内実験であることから、必要なこととして採用されている。高温高圧実験は、NIMSのベルト型プレス装置を用い、約150mgのグリシンもしくはアラニンのアミノ酸粉末を金カプセルに封入し、加圧後に昇温し、最大24時間までの反応時間とした。

実験生成物の分析は主に東北大で行われ、水溶成分を液体クロマトグラフィ・質量分析計(LC/MS)によって分析した結果、実験生成物にはグリシン、アラニンともに最大で5量体までのペプチドが含まれていることが判明。特に、アラニンが触媒を用いずに単量体から5量体まで重合したことは前例のない結果となった。

また、同じ温度条件ではグリシン、アラニンともにより高圧下ではより長時間存在。さらに、生成したペプチドの量もより高圧下の方が、多くなることが確認されている。この結果から、出発物質であるアミノ酸の安定性およびペプチドの生成にとって、圧力が重要であることが判明した。

そして実験生成物の元素分析および赤外分光分析も実施。その結果、アミノ酸やペプチドの熱分解時には、脱アミノ基反応と脱カルボキシル基反応の両方が起こっていることが結果から示唆された。アミノ基とカルボキシル基は、ペプチド結合に重要な2つの官能基であり、高圧下におけるこれらの安定性がアミノ酸およびペプチドの安定性に寄与していると考えられている。

出発物質と実験生成物の炭素および窒素の安定同位対比測定も行われ、脱カルボキシル基反応が不可逆的に起こっていることに対し、脱アミノ基反応は可逆的に起こっている可能性もあるとした。脱アミノ基反応が可逆的であるとすると、環境にアンモニアがあれば、アミノ酸およびペプチドが寄り安定して、より大きなペプチドやタンパク質が生成し得ることも示唆している。

今回の研究の成果は、単純な有機分子の安定性と重合反応において、圧力が重要な要因となることを示し、有機物の化学進化が海底地下で起こったことを示唆するという。また、高圧下におけるアミノ酸の安定背には周囲のアンモニア濃度が重要であることが示唆されたわけだが、初期地球においては、隕石衝突や海底熱水からの高いアンモニアのフラックスによって海水および海底堆積物中でも高濃度のアンモニアが期待される。

画像2。実験生成物の液体クロマトグラフィ・質量分析結果。実験生成物を水溶液に溶解させたものを、液体クロマトグラフィ・質量分析計で分析し、出発物質であるアラニンが2量体から5量体まで重合していることが判明した。上から1段目から4段目までは、それぞれ5量体から2量体の質量に対するピーク。最下段の基地の標準物質と比較して同じ時間に検出されたことから、目的のペプチドであることがわかる

従って、高アンモニア濃度の海洋や海洋堆積物中にアミノ酸が安定に存在し、海洋堆積物が積層して圧密脱水する過程で、単純な有機分子が脱水重合して生命の誕生に必要な高分子さらには巨大分子になったと推定されているとした。

今後は、こうした巨大分子が、どこでどのように遺伝や代謝機能を獲得したかといった、生命の発生の最終段階の謎に迫るとする。これらの問題も、生物・化学的な視点に加えて今回と同様に地球科学的視点や研究が不可欠であると考えられるとしている。