九州大学(九大)と日本電子は9月26日、透過型電子顕微鏡(TEM)に装着する世界最高クラスの感度を実現したエネルギー分散型X線検出器を開発したことを発表した。また、併せて同検出器が九大超高圧電子顕微鏡室に設置されている「原子分解能収差補正走査・透過電子顕微鏡」(JEM-ARM200F)に装着したことも発表された。今回の開発は、九大工学研究院および同超高圧電子顕微鏡室長の松村晶教授と、日本電子の技術者による成果。

電子線を物質に当ててその拡大像を得る電子顕微鏡は、大別して走査型と透過型の2種類がある。透過型は、観察したい試料に電子線を当てて、そこを透過した電子を電磁石でできたレンズを通して拡大象を撮るという仕組みだ。物質の内部の構造や形態を明らかにするのに向いているのが、透過型電子顕微鏡というわけである。

さらに、原子分解能収差補正走査・透過電子顕微鏡というのは、透過型電子顕微鏡の電磁レンズの不完全さ(収差)を補正する機能を有し、位置分解能を原子サイズレベルまで向上させた装置。しかも、走査型電子顕微鏡のように電子線を小さく絞って試料上を走査する機能も合わせ持っており、0.1nmといった原子サイズ程度の微少な領域の状態分析も可能である。

以上の性能を持つことから、電子顕微鏡は、微少な形態や原子の並び方、あるいは原子配列の乱れなどを明らかにすることが可能だ。しかし、そこに存在している原子の種類まではわからない。例えていうなら、人が並んでいるところを真上から見て、その配列の仕方や乱れ方などはわかっても、ひとりひとりが誰なのかがわからないようなものだ。

物質は光速の電子を照射されると、その元素に固有なエネルギーを持つX線を、照射された量にほぼ比例して発生する。従って、観察している物質から発生したX線のエネルギーと強度を測定する検出器を電子顕微鏡に装着すれば、そこの領域に存在している元素とその量を知ることができるようになるというわけだ。

しかし、電子顕微鏡内部の構造は複雑なため、観察している試料のすぐ近くにX線検出器を置くスペースが十分に取れないなどの理由により、試料から発生したX線のわずか1~2%程度しか検出することができていなかったのが、従来の装置の問題点である。

そのため、信頼に足るに十分なX線のシグナルを栄養とすると、長時間にわたって電子線を試料に当て続けなくてはならないのが難点。結果、その間に試料物質が分解したり、あるいは試料が動いて手ぶれ写真のようになったりして、目的とする解析ができなくなる場合があったのである。

こうした問題を低減もしくは解決するには、測定できるX線の割合を大きく向上させる必要がある。そのためには、X線を取り込む窓(有効面積)の拡大と、それによって増すX線シグナルの処理の高速化が課題となる。

そこで九大と日本電子では、測定素子が単結晶シリコンで高速なX線シグナル処理が可能なドリフト型(SDD)検出器で、測定有効面積が従来のものと比べて3倍以上になる100nm2の装置を開発した。これは、原子分解能を有する透過型電子顕微鏡用としては世界最大クラスになるという。

冒頭で述べたように、同検出器を原子分解能収差補正走査・透過電子顕微鏡「JEM-ARM200F」に装着。発生したX線を取り込む立体角を従来の4倍以上となる0.8sr(ステラジアン、立体角を表す単位)に拡げ、X線の補修率を6.4%まで高めた。この値は、原子分解能を持つ原子分解能収差補正走査・透過電子顕微鏡では世界最高とのことで、現在求めることができる最高の感度でのX線解析を実現した形だ。

同検出器の特徴は、機種は限定されるものの、既存の透過型電子顕微鏡に後付けすることができる点で、装置によってはX線の取り込み立体角をほぼ1sr(7.8%)にまで拡大できるという。

測定有効面積が30nm2の従来型と、新開発の検出器とで、同じ条件で半導体素子(DRAM)中の元素分布を解析してみたのが、画像1だ。従来の検出器では信号量が少ないために全体にノイズが多く、約10nm以下の細かい構造がそのノイズ中に隠れてしまって明瞭に確認できない。新型の検出器の場合は細かな構造をはっきりととらえることができている。なお、従来装置では測定時間をさらに延ばして取り込み信号量を増やしたとしても、このような細かな構造を明らかにすることは難しく、検出器の感度向上が信号の質の改善にも寄与することが示された形だ。

画像1。半導体(DRAM)素子のX線マッピング像。左が従来型のX線検出器(測定有効面積が30nm2)、右が新開発のもの(測定有効面積100nm2)。明らかにノイズの量が違う。各元素に特有なエネルギーのX線発生強度分布として、シリコンは緑色、窒素は赤色、酸素は青色で表示。さらに詳しく説明すると、緑色はシリコンだが、オレンジはシリコンと窒素の両方が存在するシリコン窒化物、青色はシリコン酸化物となる

さらに倍率を上げて原子分解能での元素位置同定を試みたところ、化合物結晶中での高制限その位置を区別することにも成功(画像2)。X線による元素分析で0.1nm近くの他界位置分解能が得られたのは世界初だという。試料から発生したX線シグナルを取り込む公立が従来装置と比べて大きく向上したため、格段に精密な元素分析が可能になったというわけだ。

画像2。化合物結晶中の元素配置の解析。左はチタン酸ストロンチウム結晶で、チタン原子を緑色、ストロンチウム原子を赤色で表示している。右はガリウムヒ素(GaAs)結晶で、ガリウム原子を緑色、ヒ素原子を赤色で表示。結晶中で構成元素が交互に整列している様子が直接明らかにされている。右のGaAs結晶のように、0.2nm以下の元素感覚を透過型電子顕微鏡のX線解析で直接分離できたの世界で初めてだという