国立天文台の三好真助教を中心とする研究グループは、天の川銀河の中心にある巨大ブラックホール・サジタリウスA*から3:4:6:10の整数比となる複数の周期を持つ電波強度の短い時間変動を観測することに成功したことを明らかにした。同機構の加藤成晃研究員によると、これはブラックホールの作る時空で、ブラックホールの周辺に存在する降着円盤が揺らされているものだという。同成果は2011年10月25日発行の日本の学術雑誌「Publication of the Astronomical Society of Japan」の第63巻の第5号に掲載される。

ブラックホールの性質(時空構造)は「質量」のほかに「スピン」と「電荷」と合わせた3つの物理量で完全に決まる。ブラックホールの質量は、その周りにある星の軌道やガスの運動から測定されており、例えば銀河系の中心にある強力な電波源「サジタリウスA*(Sgr A*:いて座エー・スター)」は、太陽の400万倍の質量を持つ巨大ブラックホールがあると考えられている。

ブラックホールの「スピン」も周囲にあるガスの運動に影響を与えるが、その効果が顕著に現れるのは、ブラックホールの大きさの約10倍以内というごく近傍に限られており、現在の観測装置では、ブラックホールの見かけの大きさが小さすぎて、スピンの有無によるガスの運動の違いを区別することが困難であった。

今回、研究グループでは、スピンの大きさを区別する新たな方法として「ブラックホール大気の揺れ」を測定する方法を考案した。

ブラックホールは光をほとんど出さないために直接観測することは困難だが、その周囲にはガスがブラックホールへ落下する時にできる回転ガス円盤(降着円盤)があり、ガスがブラックホールの周りを回転(公転)しながら中心に向かって落ち込んでいく。その際、ガス同士の摩擦によって高温に加熱された降着円盤は、電波からX線・γ線に至るさまざまな電磁波を、大気の振動周期に併せて放射する。

ブラックホールの周囲にある回転ガス円盤(降着円盤)が振動する様子。左右の密度の大きさが揃っていないのは、共振が生じる原因となる渦状腕パターンが存在することを表している

ブラックホールの周囲をガスが一周まわる時間(周期)は、軌道半径が同じならブラックホールの質量に比例する。サジタリウスA*のリズムの周期は、およそ30分だが、、軌道半径が分からない場合、周期が長いからといって、ブラックホールの質量が大きいとは限らないことから、研究グループでは、ある特定の軌道半径で生じる降着円盤の共振現象に着目して観測を行った。

ブラックホールの周りを公転するガスに、公転と異なる運動が乱れとして加わると、元に戻そうとする復元力が生じ、一種の振動現象「エピサイクリック運動」が現れる。この振動は、ガスが1公転した時にこの振動が元の状態に戻るような関係(共振関係)にある時には強め合い、乱れが大きくなり、特に、ガスの公転周期と乱れのエピサイクリック運動の周期が整数比1:2になる半径では強い共振が生じることが知られている。

この共振が起こる半径は、ブラックホールの大きさの数倍以内だが、降着円盤の広い範囲が振動するため、さまざまな波長の電磁波に対して、ガスの公転と一致した周期を持つ光度変動として観測され、この揺れの周期がブラックホールの時空構造を表す固有のリズムとなる。

今回の研究では、サジタリウスA*の半径の約7倍の大きさを区別できる電波望遠鏡VLBI(Very Long Baseline Interferometry:超長基線電波干渉法)を用いて、降着円盤がブラックホールの作る時空で揺らされている様子を捉えた。

サジタリウスA*の大気は、16.8分、22.2分、31.4分、56.4分で振動しており、およそ3:4:6:10という整数比の揺れの周期を持つ。16.8分と22.2分の振動パターンは、1本の渦状腕のような模様がブラックホールの周りを回っているように見え、31.4分の振動パターンは複雑で、3本の渦状腕が回っているようにも見えるし、ブラックホールのごく近傍が点滅しながら2本の渦状腕がその周りを回っているようにも見える。また、56.4分の振動パターンは、ブラックホールのごく近傍が点滅しているようにも見えるが、振動パターンが何故このように見えるのかについては、まだ不明で解明に向けた研究が進められているという。

巨大ブラックホール・サジタリウスA\*のリズムでブラックホールの大気が振動する様子。左は16.8分の振動パターン、真ん中は31.4分の振動パターン、右は56.4分の振動パターンを表している。それぞれの中心が巨大ブラックホールの位置

また、ブラックホール大気が揺れる周期は1つではなく、ブラックホール大気が共振すると、ガスが公転する周期(ケプラー周期)とエピサイクリック運動の周期の組み合わせで決まる複数の周期で揺れ、今回発見された複数の周期(16.8分、22.2分、31.4分、56.4分)も、ブラックホールの性質を表す「複数のリズム(ポリリズム:Polyrhythm)」であり、研究グループではブラックホールのスピンの大きさが変わると、共振半径や共振振動の周期が僅かに変化するので、ブラックホール大気の揺れの周期も変わることから、ブラックホール大気の揺れの周期を調べることで、さまざまなブラックホールのスピンの大きさを測定することができるようになるとしており、それにより、今後、さまざまなブラックホールの性質を調べることができるようになるとしている。