東京大学は、骨髄異形成症候群(MDS)の原因遺伝子を発見したことを発表した。同大学医学部付属病院キャンサーボードの小川誠司特任准教授を中心とする国際共同研究チームによるよるもので、今回の成果は英国時間9月11日に英科学雑誌「Nature」のオンライン速報版で公開される。

白血病と並ぶ血液がんであるMDSは、日本国内でも数万人の患者がおり、年間5000人以上が新たに発症している難治性の病気である。現在のところ骨髄移植以外に根本的な治療方法がなく、高齢者の場合は骨髄移植のできる例が一部に限られるため、身体への負担の少ない治療方法の開発が求められている状況だ。

これまでの研究では「遺伝子異変」(遺伝子に生ずる異常)が本性の原因と考えられており、多数の遺伝子異変が報告されてきたが、その多くがほかの血液がんでもしばしば認められるため、本性に特異的な、新たな治療法開発のカギとなるような原因遺伝子異変の同定が重要な課題となっていたのである。

今回の研究では、30億塩基対からなるゲノムの内、タンパク質をコードする領域「エクソン」の全塩基配列50万塩基対を解読。1回の解析で6000億塩基対の解析が可能という「大量並列ゲノムシーケンス技術」を用いて、29例のMDS症例のゲノムを詳細に解読することで、計268個の遺伝子異変(1例当たり平均9.2個の遺伝子異変)が検出された(画像1)。なお、今回の成果は大量並列ゲノムシーケンスによるがんゲノムの徹底的な解読による研究が、がんの病態解明の上で有効であることを照明する結果ともなった。

画像1。全エクソシーケンスによって検出された変異の個数。を表したグラフ。全エクソシーケンスによって見出されたアミノ酸配列を伴う変異は、1症例当たり平均9.2個。変異は主にアミノ酸が変わる「ミスセンス」だったが、停止コドンが生じてタンパク質の翻訳が途絶する変異の「ナンセンス変異」、塩基の挿入や欠失によりアミノ酸の挿入や欠失、または読み枠の変化が生じる「挿入欠失変異」、RNAスプライシングが変化することによってアミノ酸配列に大きな変化が生じる「スプライス変異」も多数認められた

変異を認めた遺伝子の多数は1試料のみで異常が観察されたものだったが、12個の遺伝子については、複数の症例で繰り返し変異が認められたことから、本症の発症にとってより重要度が高い遺伝子と判定。12個の内、8個はすでにMDSで変異することが知られた遺伝子だったが、残り4つは今回新たに発見された遺伝子である。

興味深いとされるのが、4つの遺伝子の内の3つ(U2AF35、SRSF2、ZRSR2)までが「RANスプライシング」という、遺伝情報を基に生物がタンパク質を生成する上で重要な仕組みに関わる遺伝子だったこと。RANスプライシングは、DNAからRNAへの転写を通してタンパク質を作り出す際に不要な部分を削除し、必要な情報だけを選び出すというもので、細胞の遺伝情報の発現に際して基本的な機能を担う遺伝子だったのである。

さらに、1例のみで変異が認められたほかの3つのRNAスプライシング関連の遺伝子(SF3A1、SF3B1、PRPF40B)を含めると、29例中16例(55%)で、RNAスプライシングに関わる遺伝子の変異が生じていることが確認された。結果、RNAスプライシング装置に生じた遺伝子異変が、MDS発症の重要な原因となっている可能性が示唆されたのである。

また、機能の詳細が不明なPRPF40Bを除くと、変異が認められた6つの遺伝子はすべてRNAスプライシングの最初のステップ、エクソンとイントロン(DNA上ではエクソンとは逆に情報が書かれていない部分)の境界の認識に関わるスプライシング因子をコードするものであることも判明した(画像2)。なお、スプライシング因子は300個以上ある。

画像2。RNAスプライシング装置とMDSにおける遺伝子変異のイメージ。RNAのスプライシングはゲノムDNAから転写された「プレmRNA」に多数のスプライシング因子と呼ばれるタンパクが作用することによって行われる。このスプライシングは多数の過程を経て行われることが知られているが、その第1段階では除去されるイントロンとエクソンの境界が、スプライシング因子によって認識されることで開始される。MDSの45~85%の症例で、3境界のスプライス部位の認識に関わる主要な因子であるU2AF35、SRSF2、ZRSR2、SF3B1を初めとするさまざまなスプライシング因子(矢印)が遺伝子変異によって異常を来していることが明らかとなった

そこで、全エクソンシーケンスの結果をさらに確認することを目的に、ほかの血液がんを含む582例の試料について、特にエクソン/イントロン境界に携わるRNAスプライシング因子についてその遺伝子異変の検討を実施した。

MDSには、不応性貧血(RA/RAEB/RCMD)、鉄芽球性貧血(RARS/RCMD-RS)、慢性骨髄単球性白血病(CMML)など、さまざまな病型あるが、いずれにおいうてもRNAスプライシングの異常が高い頻度(45~85%)で生じていることが確認された。

さらに、MDSから進行した症例が含まれる2次性白血病では、変異頻度はこれらの中間値(~25%)を示す一方で、典型的な急性骨髄性白血病や骨髄増殖性疾患、悪性リンパ腫や急性リンパ性白血病では、変異頻度は0~数%と低頻度であったことから、RNAスプライシング因子の異常がMSDに特徴的な異常であることも明らかになった(画像3)。

画像3。MDSと白血病におけるRNAスプライシング因子の異常の頻度。MDSには、不応性貧血、鉄芽球性貧血、慢性骨髄単球性白血病などさまざまな病型に分類されるが、いずれにおいてもRNAスプライシング装置の異常が高い頻度で認められる。一方、典型的な急性骨髄性白血病や骨髄増殖性疾患などのほかの血液腫瘍ではまれにしか変異が観察されない。また、MDSから移行した白血病が含まれる2次性白血病では、中間の変異頻度が観察される。これらの値により、RNAスプライシング装置の変異はMDSに極めて特異的な異常であることがわかる

変異が認められた計8種類のスプライシング因子の内、最も高頻度に変異が認められたのは、SF3B1、SRSF2、U2AF35、ZRSR2の4つの因子で、中でもSF3B1、SRSF2、U2AF35については、変異が特定のアミノ酸に集中して生じていることが判明。そのことから、これらの変異したスプライシング因子が、異常な活性を持った一種の「がんタンパク」として作用する可能性を示す結果となった。

一方、ZRSR2遺伝子については、変異のほとんどがタンパク質の機能の喪失につながる変異で、この遺伝子は「がん抑制遺伝子」として機能していることが示されている(画像4)。

画像4。MDSにおける代表的なRNAスプライシング装置の変異。U2AF35、SRSF2、SF3B1では、変異は特定のアミノ酸に集中して生じている。これらの結果から、これらの変異は機能的に発がん活性を有するがんタンパクを生ずるものと推測される。一方、ZRSR2では変異によってタンパク質の機能自体が失われてしまうことから、がん抑制遺伝子として機能していると考えられる

そのほか、スプライシング因子の遺伝子変異についてもう1つの重要な特徴は、これら複数の変異が互いにほとんど重複することなく、「排他的に」生じているという点だ(画像5)。このことは、これらの変異が共通してRNAスプライシング機能を障害することによって、MDSの発症に深く関わっていることを強く示唆していると考えられている。

画像5。MDSにおけるRNAスプライシング装置の異常の症例分布。MDSで認められるRNAスプライシング因子の変異は、異なる因子の変異がお互いに重複しない「排他的に」生じている。このことは、これらの変異がいずれもRNAスプライシング機能に同様な障害を及ぼすことによって、MDSの発症の重要な原因となっていることを示す

さらなる実験として、今回の変異型スプライシング因子体の内の1つU2AF35をHela細胞に人工的に発現させて、変異型のスプライシング因子が実際にRNAスプライシングの異常を誘発するかどうかを調べた。変異型と正常型のU2AF35を導入した細胞それぞれからmRNAを抽出して高速シーケンスにかけ、mRNAに異常が生じているか否かを解析。

その結果、変異型の細胞では、正常な細胞と比較して、イントロン配列が正常に除去されていない、不完全な伝令RNAが多数作られていることが判明した(画像6)。このことから、変異の発生したスプライシング因子が、実際にmRNAの異常に関わっていることがわかったのである。

画像6。U2AF35変異体の導入によるRNAスプライシングの異常。MDSの異常なスプライシング因子をヒトのがん細胞由来のHela細胞に発現させることで、実際にRNAスプライシングの異常が生ずるか否かを、エクソンアレイによる解析、および全RNAの大量並列シーケンス法によって検討した。正常U2AF35を発現させた細胞を含む対照実験では、正常にRNAスプライシングが生じる。それに対し、異常な方では、BRIC6遺伝子の59番目のイントロン配列が正常に除去できないままの不完全なmRNAが転写されている。これにより、変異RNAスプライシング因子は、RNAの正常なスプライシングを阻害する分子であると考えられる

最後に、変異したスプライシング因子が、造血機能に及ぼす効果を骨髄移植の実験によって検討。マウスの骨髄から各種血液細胞の基になる「造血幹細胞」を取り出し、これに変異体と正常なU2AF35遺伝子を導入。その後のほかのマウスの骨髄に移植して、造血機能を調査した。結果、変異体を導入した造血幹細胞では造血機能の低下が認められ、MDSで認められる造血機能の低下を反映していると考えられるようになったのである(画像7)。

画像7。変異U2AF35の造血に及ぼす効果。MDSの変異型U2AF35(S34F、Q157P、Q157R)および正常なUAF35(WT)を遺伝子導入した造血幹細胞をマウスの骨髄に移植し、6週間後に遺伝子導入された造血幹細胞から産生された成熟末梢血球の割合を計測した結果、変異型を導入した細胞からの成熟血球の割合は、正常型、あるいは対象細胞「Mock」と比較して、有意に低下していた。このことは、U2AF35を導入した造血幹細胞では、正常な血球産生が阻害されていることを示しており、MDSの造血不全の病態を反映していると考えられている

今回の研究で明らかになったRNAスプライシング装置の異常ががんと関連していることは、容易に想像のできなかった事実であるという。従来はまったく知られていなかったRNAスプライシングに関わる経路変異の全貌が一挙に解明されたことから、現在国際的な協調作業が進められている「全がんゲノムの解読」という研究手法が、がんの病大会名の上で、絶大な威力を発揮することを改めて照明することとなったとしている。

今後の展開だが、MDSの治療法に関しては、異常なスプライシング因子を標的とした新たな創薬に期待されるという。スプライシング変異マウスモデルを作成することで、新規治療薬の開発が促進されるともしている。また、MDS発症のメカニズムがすべて判明したわけではないことから、今後は分子レベル、個体レベルでのさらなる研究が必要だとした。