産業技術総合研究所(産総研)ナノシステム研究部門 スマートマテリアルグループの吉田勝 研究グループ長、松澤洋子 研究員の研究チームは、分子構造を検討し、紫外光照射によって単層カーボンナノチューブ(SWCNT)の孤立分散状態と凝集状態を容易に制御できる分散剤を開発した。同成果は「Advanced Materials」(オンライン版)にて掲載された。

次世代ナノテク材料としてCNT類の応用が期待されており、その応用の鍵となる技術の1つとして半導体SWCNTや金属SWCNTの分離に代表される、高度精製技術がある。多くの精製技術では、溶解性を持たないSWCNTに対して適切な分散剤を用いてSWCNTを孤立分散状態にした溶液の調製が重要となり、そうした分散剤は複数知られているが、分散状態を精密に制御する技術は確立されておらず、一度、調製した分散溶液から選択的に分散剤を取り除く技術は、SWCNTだけでなく各種CNTの応用に向けた課題となっていた。

産総研では、新しい分散剤の研究を進めてきており、2007年にはカチオン性電解質構造を持つ有機化合物が高い分散能を発揮することを発見していた。また、新しい光機能材料の開発にも取り組んでおり、加熱することなく光を照射するだけで、固体から液体へと融解し、さらに元の固体状態に戻すこともできる有機材料を2010年に開発していた。今回、こうした異種研究を融合させ、新たな分子設計に基づいて有機電解質化合物に光反応性基を導入することで、SWCNT分散能の光制御に関する取り組みが行われた。

図1:上は光で脱離する分散剤の概念図(青色は今回開発した分散剤)。下は光照射前後で分散性の変化したSWNCT水溶液(光照射前:分散、光照射後:凝集)

今回の開発では、光反応する部位として、スチルベンとして知られる芳香族化合物に着目。スチルベンは、紫外光照射によりE体からZ体へと変化(光異性化)し、さらに溶存する酸素を酸化剤とする脱水素反応により、フェナントレンへと構造変化することが知られている。

図2:スチルベンの光異性化反応と環化反応

分子設計に基づいて、光反応性のスチルベン部位をコアとし、水溶性を与えるためアンモニウム基を持つベンズアミド基を分子の両端に導入し、SWCNT分散能と光反応性の両立を試みた。実際には、市販の化学試薬を用いた2段階の反応によって、新しい水溶性スチルベン化合物1を高収率で合成し、その評価を実施。分子軌道計算によって最適化構造を求めた結果から、スチルベン化合物1は直線的で平面性の高い板状構造を持っているが、紫外光照射によってフェナントレン化合物2へと変化すると、極度に折れ曲がった構造となることが判明した。この分子構造の変化が、SWCNT表面と分散剤分子との相互作用(SWCNT表面との親和性)の変化に寄与することにより、吸着(SWCNTを分散化)と脱着(SWCNTを凝集化)を紫外光照射により制御することができるようになるという。

図3:開発した光応答性SWCNT分散剤の構造式(上)と分子モデル(下)

図4は、分散剤の分子構造の違いによるSWCNTの分散性の変化について評価した結果で、スチルベン化合物1は、SWCNT表面との親和性が高く、SWCNT表面に吸着してSWCNT同士の強い分子間相互作用をほどき、水中に分散させるため、SWCNTに特徴的な吸収スペクトルが観測できる。スチルベン化合物1がカチオン性の電荷(プラス)を持つため、1で覆われたSWCNTは水と親和性の高い静電性の衣で覆われることになるため、互いの静電反発によって凝集できなくなり、安定して水中に孤立分散するのでSWCNTの吸収スペクトルが観測できたと考えられるという。一方、フェナントレン化合物2は屈曲した分子構造なのでSWCNT表面との親和性が低く、同じ条件下でもSWCNT表面に吸着することができず、SWCNTを水中に分散させることがまったくできないことが明らかになったという。

図4:分子構造変化による光吸収スペクトルの変化(重水中)(左)と紫外光照射前後によるSWCNTの分散性変化(光照射前:分散、光照射後:凝集)(右)

実際にスチルベン化合物1を分散剤として調製したSWCNT分散液を撹拌しながら紫外光を連続的に照射したところ、SWCNTは水中に分散していることができなくなり、凝集することが判明した。紫外光照射によってSWCNT表面上のスチルベン化合物1では、図2に示された光反応(環化と酸化)が徐々に進行し、SWCNT表面と親和性の低いフェナントレン化合物2に変化するためと考えられるという(現在の所要時間は6時間程度)。これは、すでに知られているスチルベンの光環化反応を、SWCNTの分散状態制御に利用した成功例であるという。

なお、紫外光照射を行わない対照実験ではSWCNTは凝集せず、SWCNTの凝集は光照射によるものであることが確認されている。今回の研究は、光吸収による分散状態の評価が容易なSWCNTを用いて、新しく開発した分散剤の分散制御を評価したものであるが、原理的には他のCNTにも容易に適用ができる分散制御技術と考えられると研究チームでは指摘している。

研究チームでは、今後、紫外光照射でSWCNT分散能を制御する技術は新規性が高く、分散状態と凝集状態のスイッチングの高速化や、新たな分子設計によって繰り返し利用できるSWCNT光応答分散剤の開発を目指すとするほか、外部へのサンプル提供を視野に入れながら、大量合成法の確立を目指すとともに、実際にSWCNT高度精製技術や各種のCNTを利用したデバイス作成プロセスなど、これまで分散剤に覆われていることでCNTの充分な特性評価が困難であった各種分野において、分散剤の容易な除去技術としての応用を、所内外との連携で検討していく予定であるとしている。