東北大学金属材料研究所の安藤和也助教、齊藤英治教授、日本原子力研究開発機構(JAEA)先端基礎研究センターの前川禎通センター長らの研究グループは、あらゆる物質へ応用可能な新たなスピン流注入手法を発見したことを明らかにした。 同成果は、JAEAの先端基礎研究センター、ケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所と共同で行われたもので、英国科学誌「Nature Materials」のオンライン版に掲載された。

近年、エレクトロニクスに加え、電子の磁気的性質(スピン)を活用したデバイスの実現に向けた研究が各所にて進められている。しかし、磁気的性質の流れ「スピン流」を作り出すことは容易ではなく、特に電気抵抗率の高い物質に関しては、インピーダンスミスマッチと呼ばれる物理的制限によりスピン流を注入することが原理的に不可能であった。この制限を回避する唯一の方法は高品質な絶縁膜をスピン流注入源との界面に成長させることだが、このような良質な絶縁膜を作成するためには多大な労力と時間が必要であり、スピントロニクス材料の開拓、スピントロニクスデバイスの設計のために、あらゆる物質へ応用可能な汎用的かつ高効率なスピン流注入手法の実現が求められていた。

今回、研究グループが発見したスピン流注入手法はこれらの物理的制限を一切受けない汎用的なもので、かつこのスピン流注入は電界により制御可能であることが明らかとなった。この発見により従来の1000倍以上のスピン流を作り出すことが可能となり、スピントロニクスデバイス設計の自由度が向上したという。

図1 従来のスピン流注入方法(左)と今回の研究により発見されたスピン流注入方法(右)

具体的に今回の研究では、磁性金属(Ni81Fe19)と半導体(GaAs)から成る素子を作製し、半導体層における磁気・電気変換現象(逆スピンホール効果)を用いることで、磁性金属中の磁気のダイナミクスを利用した半導体へのスピン流注入の検出に成功した。

図2 スピン流の注入と検出。磁性金属(Ni81Fe19)と半導体(GaAs)から成る素子において、Ni81Fe19中の磁気のダイナミクスを励起するとGaAs層にスピンが注入され電圧が発生する

従来のスピン流注入は、電子のスピンの向きに偏りがある磁性金属を注入したい物質に接合し、この間に電圧をかけ磁性金属中のスピン偏極した電子を移動させることで実現していたが、この場合、磁性金属(電気抵抗率:小)と注入したい物質(例えば半導体)(電気抵抗率:大)の電気抵抗率が大きく異なることに由来するインピーダンスミスマッチという強い物理的制限のため、原理的にほとんどの電子スピンは界面で失われてしまい、高い効率でスピンを注入することは困難であった。

今回の方法は、電圧の代わりに磁性金属中の磁気のダイナミクスを利用することで、電子のスピンだけを直接駆動する「スピン圧」をスピン流を注入したい物質に直接与えてスピン流を作り出すものであり、こうした物理的制限を一切受けずに済むため、従来の方法と比較して桁違いのスピン流を作り出すことが容易に可能となるとする。

なお、研究グループでは、あらゆる物質へ応用可能なスピン流源が確立されれば、スピントロニクス材料の開拓、スピントロニクスデバイスの設計の自由度が劇的に広がることとなり、今回の研究により開拓されたスピン流注入手法は、スピン流注入の物理的制限を根本的に回避するものであり、これまでごく限られていたスピン流注入材料を半導体・有機物・高温超伝導といったあらゆる物質へと拡張することが可能で、これにより将来的に超低電力電子技術が実現されれば、次世代の省エネルギー社会の実現が期待できるようになるとしている。