日本電信電話(NTT)と東北大学は、半導体中の電子スピンの複雑な運動を計測する方法を開発し、電子スピンの向きを超音波によって制御する実験に成功したことを発表した。同成果は、独ポール・ドルーデ固体エレクトロニクス研究所と連携して得られたもので、米国の物理学誌「Physical Review Letters」(電子版)に掲載された。

半導体中の電子は、「電荷」と「スピン」の2つの性質を持っているが、従来の半導体デバイスでは電気的に制御しやすい電荷の性質のみしか利用されていなかった。しかし近年、電荷とスピンの両方の性質を活用しようとする、半導体スピントロニクスの研究が世界中で進められるようになってきた。

図1 半導体中の電子の性質

半導体中のスピンを情報処理に利用するためには、スピンの向きが揃った状態で電子を移動させるとともに、スピンの向きを自由に操作する必要があるが、一般的に半導体中のスピンの向きはランダムになりやすいことが知られており、スピンが揃った状態を乱す要因を排除し、かつスピンの向きを制御できる技術の確立が課題とされていた。

これまでNTTでは、移動している電子が自身のスピンと互いに影響しあうことで生じる「スピン軌道相互作用」と呼ばれる物理効果を利用した、新しいスピン制御手法について研究してきた。同作用は、移動している電子に対してあたかも磁場が存在するように影響し、スピンはその見かけ上の磁場(有効磁場)の回りを回転するもので、その際、回転速度はスピン軌道相互作用の大きさに比例する。そのため、スピン軌道相互作用の大きさを自由に変えられれば、外部磁場を用いずに電子スピンの向きを操作できることとなる。

図2 スピン軌道相互作用の概要

今回、NTTでは、同作用のメカニズムの解明のために、超音波を用いて移動させた際に回転運動するスピンの分布を図示化する新しい測定手法を開発。さらに、スピンをいくつかの異なる方向に移動させた場合や超音波強度を変えた場合のスピンの回転速度の違いを分析することで、超音波によって生じる歪みや電場が、スピン軌道相互作用の大きさを決める一因となっていることを実証した。

図3 超音波によるスピン制御実験の結果

具体的には、半導体量子井戸構造に超音波(表面弾性波)を伝播させると、超音波に乗せて電子を移動させることができることから、これを用いることで、スピンが揃った状態を極めて長い時間保つことができるようになる。

図4 超音波(表面弾性波)を用いた電子スピンの輸送

また、超音波によって2次元平面内を移動するスピンを高感度で計測するために、走査型カー効果測定法という方法を開発。同方法を用いることで、スピンが移動しながら回転する様子を明瞭に観測することができるようになった。

図5 走査型カー効果測定法を用いたスピン計測

これまでのスピン軌道相互作用は、母体材料および外部から加えた電場で作用していたものが主であったが、今回明らかにした超音波がもたらす新しいタイプのスピン軌道相互作用を用いることで、超音波の強度を調節することにより、スピンの向きを自在に操作することが可能となる。

このため、研究グループでは今後、スピン軌道相互作用をより効率的に変化させることのできる材料や構造の探索や、超音波の波長の微細化に取り組むとともに、量子的振舞いが顕著となる「単一スピン」を制御する技術の確立に向けた研究も進めることで、半導体スピントロニクスの研究を加速し、スピントランジスタの開発や将来的には量子コンピュータの要素技術に応用することを目指すとしている。