東北大学大学院医学系研究科ならびにグローバルCOEプログラムNetwork Medicine創生拠点は、同大細胞生物学講座生物化学分野ならびに創生応用医学研究センター疾患エピゲノムコアセンターの加藤恭丈助教、五十嵐和彦教授らと癌研究会癌研究所の野田哲生所長らとの共同研究により、アミノ酸代謝酵素を含む複合体が細胞記憶に関わるヒストンメチル化を制御することを発見した。米国の学術誌「Molecular Cell」(3月4日号)に掲載された。

ヒトの体は、約60兆個を超えるとされる数の細胞から構成されており、これら細胞は血液細胞や肝臓細胞など、それぞれ固有の機能を発揮できる状態に分化しているが、細胞の種類が異なっても同一のゲノムDNAを有している。細胞の分化は、個体機能を維持する上で重要なだけではなく、分化状態の乱れが発がんにつながることも理解されており、この細胞分化の本質は、ゲノムDNAに約25,000カ所存在すると推定される遺伝子の「使われ方(発現)」のパターンの違いと考えられている。

分化した細胞は周辺環境の変化に応じて、遺伝子の発現を臨機応変に変え、ストレスや感染への対応を行い、生命を維持するほか、iPS細胞(induced pluripotent cell)に代表される細胞運命を変える技術も、遺伝子発現パターンの改変を原理としている。

細胞の遺伝子発現状態は、遺伝子DNAとヒストンタンパク質が形成するクロマチンの構造として安定に維持され、遺伝子発現はクロマチン構造の変化に依存していると考えられている。クロマチン構造は、主にヒストンのメチル化修飾により調節され、これら修飾は遺伝子発現を左右することから、ヒストンメチル化などの修飾とDNAを1つの機能単位と捉えることが可能で、これはエピゲノムと呼ばれる。

図1 ヒストンのメチル化修飾と遺伝子発現。クロマチン構造は、主にヒストンのメチル化修飾により調節される。遺伝子の発現は、このようなクロマチン構造に依存して変化する

ヒストンメチル化修飾では、アミノ酸(メチオニン)の代謝産物「S-アデノシルメチオニン」のメチル基が、ヒストンタンパク質に転移されるが、遺伝子周辺でS-アデノシルメチオニンがどのように供給されるのかは不明であった。

今回、研究グループは、遺伝子の働きを制御する転写因子「MafK」が、S-アデノシルメチオニン合成酵素IIやメチル化酵素と複合体(SAMIT複合体)を形成し、遺伝子発現を抑制することを、プロテオミクス解析やRNA干渉実験などにより明らかにした。

図2 プロテオミクス解析の概要と転写因子MafK複合体の同定。転写因子MafKを発現する細胞から、細胞内の核タンパク質を抽出し、抗体を用いてMafK複合体を精製した。この複合体を構成する因子は、質量分析機によって、同定された

S-アデノシルメチオニン合成酵素IIの発現量を低下させると、転写因子MafKによって制御されている遺伝子のヒストンのメチル化が低下し、その遺伝子発現が変化した。

また、細胞より精製したSAMIT複合体は、試験管内の反応にてメチオニンを基質としてヒストンをメチル化することが示され、これらの結果より、SAMIT複合体は、標的遺伝子周辺でメチオニンからS-アデノシルメチオニンを生合成し、さらに、同複合体はこれを利用してヒストンのメチル化修飾を行い、遺伝子の発現を調節することが明らかになった。

図3 今回研究グループが発見した内容。SAMIT複合体は、標的遺伝子周辺でメチオニンからS-アデノシルメチオニンを生合成し、引き続きヒストンのメチル化修飾も行い、遺伝子の発現を調節することが明らかになった

今回の発見により、S-アデノシルメチオニンを合成する代謝酵素とヒストンのメチル化を行うメチル化酵素、そして転写因子が複合体を形成することが明らかになり、これにより、アミノ酸代謝とエピゲノムとのつながりが明確となり、代謝酵素活性の変化により、ヒストンメチル化などのエピゲノムが変化し、遺伝子発現が変動する可能性が考えられるようになる。

細胞分化やストレス応答では、特定のヒストンメチル化パターンが形成されることから、代謝異常による細胞分化やストレス応答の異常といった、新しい研究領域も開拓されるだろうと研究グループは説明しているほか、がん細胞ではヒストンのメチル化が変化することから、がん化の過程でSAMIT複合体の量や機能が変化している可能性も考えられるとし、がん細胞の分化を誘導して治療するという分化誘導療法を考える上でも、活用されることになる可能性があるとしている。