東京工業大学大学院理工学研究科の松澤昭教授、岡田健一准教授らの研究グループは、11Gbps伝送が可能な60GHzミリ波無線機を開発したことを発表した。2月20日より米国サンフランシスコで開かれている半導体の国際学会「ISSCC 2011(国際固体回路国際会議)」で22日(米国時間)に発表される。

一般的に公衆向け無線通信機器には、6GHz以下の周波数が利用されており、それぞれの無線通信機器で利用できる周波数帯は極限られたものとなっており、例えば無線LAN規格であるIEEE802.11nでは40MHzの周波数帯域しか利用できず、伝送速度は300Mbpsにとどまっている。

60GHz帯を用いるミリ波無線通信は、60GHzでは最大で9GHz近い帯域を利用することが可能であるため、通信速度の向上が期待できる。60GHz帯では、2.16GHz帯域が4チャネル確保されており、通常用いられるQPSK変調では1チャネルあたり3.5Gbps、高度な16QAM変調では1チャネルあたり7Gbpsの無線伝送が可能であり、4チャネル用いることで28Gbpsの無線伝送も可能となる。

しかし、これまで報告されているミリ波帯無線機の多くは、ヘテロダイン型を採用しており、一度に周波数変換を行うことで、回路を簡単にでき、小面積化、低消費電力化が可能となるダイレクトコンバージョン型での実現が求められていたが、ダイレクトコンバージョン型を実現するためには、個々の回路に対する要求性能が高くなるため、同じくミリ波を用いるWirelessHD規格向けのチップはヘテロダイン型を用い、2W程度の消費電力で動作させていた。

ダイレクトコンバージョン型無線機で16QAM変調を実現するためには、これまではコイルやコンデンサの損失が大きいことによる発振器の位相雑音が問題だったが、今回開発されたものは注入同期型の発振器を用いることで、従来よりも位相雑音を20dB改善することに成功。これにより、ダイレクトコンバージョン型無線機により16QAM変調による無線通信を実現したという。

具体的には、60GHz帯の局部発振器と20GHz帯の発振器を組み合わせることで、位相雑音特性の改善を実現。無線機全体の回路ブロック図を見ると、送受信ともダイレクトコンバージョン型となっており、それぞれに60GHz帯における注入同期型直交発振器(ILO:Injection-Locked Oscillator)を持つ。ILOは、20GHz帯における発振器(PLL:Phase-Locked Loops)からの同期注入を受ける。20GHz帯PLLで生成した低位相雑音な正弦波信号を、60GHz帯注入同期型直交発振器(ILO)に入力することで、60GHz帯での位相雑音特性を改善し、かつ、4相正弦波が出力可能で、これまで報告のあった60GHz帯直交発振器に比べ位相雑音を20dB改善(100分の1の雑音)。これにより、ダイレクトコンバージョン型の無線機で、16QAM変調が可能となった。

開発したダイレクトコンバージョン無線機。60GHz注入同期型発振器を用いることによりダイレクトコンバージョン無線機を実現

チップは65nm CMOSプロセスを用いて試作。送信機部分の面積が3.5mm2、受信機部分の面積が3.8mm2で、20GHz帯PLLのチップ面積は1.2mm2である。

65nm CMOSプロセスを用いて製造されたチップ

無線伝送試験結果を見ると、IEEE802.15.3c規格に定められた2.16GHz帯域を用いて、規格準拠に必要なすべての変調方式において最高の7.04Gbps(16QAM変調)、5.28Gbps(8PSK変調)、3.52Gbps(QPSK変調)、1.76Gbps(BPSK変調)の伝送速度を達成、良好なEVM特性を実現したという。また、ビットエラーレートにおいて10-3以下の範囲を通信可能として評価を実施、3.52Gbps時のQPSK変調における無線伝送距離は、最大で2.7mであったほか、規格で決まる2.16GHz帯域以上を用いれば、最大で8Gbps(QPSK変調)、11Gbps(16QAM変調)まで伝送が可能であったという。

さらに、他のミリ波帯無線規格においてもチャネル周波数や帯域は共通であるため、IEEE802.15.3c規格以外にも、IEEE802.11ad規格、WiGig規格などにも準拠する無線通信が可能であるという。

変復調特性。IEEE802.15.3c規格による2.16GHz帯域を用いて、規格準拠に必要なすべての変調方式において最高の7.04Gbps(16QAM)、5.28Gbps(8PSK)、3.52Gbps(QPSK)、1.76Gbps(BPSK)の伝送速度を実現。QPSKのフルレートにおいて2.7mの伝送が可能。規格で決まった2.16GHz以上の帯域を用いれば、最大で8Gbps(QPSK 変調)、11Gbps(16QAM 変調)まで伝送可能

消費電力は送信機186mW、受信機106mW、発振器66mWとなっており、アンテナ内蔵パッケージとテスト用ボードのアンテナゲインは2dBiであった。

性能諸元

これまで学会などで、ダイレクトコンバージョン型として報告があったのはカナダ・トロント大学、米国・カリフォルニア大バークレイ校からの2件のみ。また、発振器を含むものはバークレイからのもののみであるが、対応するのはQPSK変調のみであり、16QAM変調には対応できていなかった。さらに、アンテナは外付けのホーンアンテナを用いている。

実験用ボードとアンテナ内蔵パッケージ

今回開発された無線機はアンテナをパッケージ内に内蔵し16QAMでの変調も可能であり、低消費電力を実現しつつ、通信速度も向上させることに成功しており、研究グループでは携帯電話などの小型無線端末に搭載することも可能としている。

従来報告のあったミリ波帯無線機の比較

性能比較(◆がダイレクトコンバージョン型無線機)