東京大学 大学院新領域創成科学研究科の百生敦准教授と、コニカミノルタエムジー、兵庫県立大学高度産業科学技術研究所の服部正教授らの開発チームは、一般的なX線源を用い、撮影対象を通過したX線の位相の違いから画像の濃淡(コントラスト)を生成するX線撮影装置を開発した。

従来から病院などで一般的に用いられているX線撮影装置は、撮影対象を透過したX線の強弱をそのまま記録することでコントラストを得ている。例えば、人体を撮影する際、骨のようにX線を吸収しやすい組織の画像は得ることができるが、がん化した組織や軟骨などはX線をあまり吸収しないため、撮影が困難だった。

一方、X線があまり吸収を受けない組織を透過する場合であっても、X線の位相には変化が生じ、透過したX線はわずかながら屈折するが、従来のX線撮影装置ではこの効果をほとんど検出することができなかった。研究グループでは、タルボ・ロー干渉計と呼ばれる原理に基づき、1万分の1度ほど曲がったX線を検出することでコントラストを生成する装置を開発した。

タルボ・ロー干渉計の原理は光についてその効果が知られていたが、今回、その原理をX線に対して適用した。タルボ・ロー干渉計は、3枚のX線格子(G0、G1、G2)から構成されている。X線格子は、兵庫県立大学において開発・製作し、X線を遮る部分と通過させる部分を数μmの周期で交互に形成したすだれ構造を持つ。

図1 X線タルボ・ロー干渉計の構成とコントラスト生成の仕組み。同装置の最大の特徴は、3枚のすだれ状X線格子(G0、G1、G2)を用いることによって、被写体によるX線の屈折をモアレ縞として可視化すること

G1とG2を適度な距離(およそ20cm程度)離して配置し、タルボ効果によりG1の模様をG2上に形成させる。図1のように被写体を配置すると、X線がわずかに屈折を受け、G2上のG1の模様が変形し、G2の背後でX線を撮影すると、変形したG1の模様とG2のすだれパターンとの重なりにより「モアレ縞」が現れ、このモアレ縞を調べることでX線の屈折の様子を知ることができるという。

図2 X線格子。X線格子のすだれ構造は、金とX線レジストと呼ばれる部分が交互に並んで形成されている。X線レジストは高分子でできており、X線はこの部分を通り抜けるが、金の部分はX線を遮る。X線は透過力が高いため、高さのある格子構造を形成する必要がある。また、これらのX線格子は、ニュースバル放射光施設ビームライン2を用いたX線リソグラフィと金めっき技術を用いて製作され、最も製作が難しいX線格子(G2)は、5.3μmの周期、30μmの高さ、6cm角の面積を持っている

しかし、病院で使われているX線源から照射されるX線は位相が揃っていないため、被写体を通った時のX線の屈折の効果がならされてしまい、G1とG2を配置するだけではモアレ縞を得ることはできない。今回開発した装置では、もう1つのX線格子、G0を組み込むことで位相が揃う成分を取り出し、病院のX線源でもモアレ縞を得ることに成功した。撮影装置のイメージ図(図3)を見ると、上部のX線源から縦方向にX線が放射され、G0、被写体、G1、G2を通って下の画像検出器に到達する。今回の成果で得られたX線格子を用いると、6cm×6cmの範囲を撮影することができるという。

一度の撮影から得られたX線のモアレ縞をコンピュータに取り込んで演算処理を行うと、吸収画像、微分位相画像、散乱画像と呼ばれる3つの画像を生成することができ、医師による実際の画像診断では、これらを相補的に活用することとなる。

図3 撮影装置のイメージ図。上部に配置されたX線源から縦方向にX線が照射され、G0、被写体、G1、G2を通って画像検出器に到達する。照射されたX線がG0を通ることで位相が揃う。位相の揃ったX線がG1上の被写体を通過する際に、被写体による位相の変化が発生。X線がG1、G2を通過する際に形成されるモアレ縞には、この位相変化が反映される。こうして得られたモアレ縞を画像検出器で検出し、そのデータを演算処理することで、吸収画像、微分位相画像、散乱画像の3つの画像を生成する

図4は献体の膝部分を同装置で撮影した画像で、微分位相画像では、矢印で示すように軟骨の輪郭が描出されているが、従来のX線撮影では見えない。リウマチを患うと、この軟骨組織に変化が現れるため、この成果を用いることでリウマチの早期診断が可能になると研究グループでは期待をのぞかせる。

図4 ヒト(献体)の膝の撮影結果(微分位相像)。埼玉医科大学に設置した装置で撮影した画像。矢印で示すように、骨の輪郭に沿ってもう1本の輪郭が描出されている。これは、その形態や厚みから関節軟骨の輪郭に合致すると考えられ、従来のX線写真(左上)では描出が困難であった構造

また、図5は、手術で切除された乳がん組織の標本を撮影した画像で、ここで示されている症例は浸潤性乳管がんと呼ばれるもので、右下の病理像による検査では、がんの腫瘤の他に乳管の内部に石灰化を伴う管内がんと石灰化を伴わない管内がんが認められる例。同装置で得られた3枚の画像を比較すると、散乱画像に最も多くの信号が検出されていることが分かる。散乱画像から得られる情報は病理像での所見とよく対応しており、これによりさまざまな乳がんの早期診断にも有用である可能性を示すものとしている。

図5 乳がんの切除組織標本の撮影結果。名古屋医療センターに設置した装置で撮影した画像。左上に示す吸収画像(従来のレントゲン画像に相当)では、腫瘤部は乳腺より若干低吸収で、腫瘤外には管内がんにより形成された石灰化が白く認められ、腫瘍が腫瘤を形成した浸潤部分のほか周囲に管内がんを伴っていることが示されている。右上に示されている微分位相画像では、コントラストが乏しく、撮影した組織の構造を解読することが困難だが、左下に示されている散乱画像では、吸収画像で観察できなかった石灰化成分に由来すると考えられる信号が明らかに増加している。これは右下に示した病理組織で得られた診断結果とよく対応している。乳がんは乳管内で発生し乳管内を進展、乳管壁を破って乳管周囲の間質に浸潤するため、乳管内成分を鋭敏に描出できる画像により早期のがん発見ができるようになる可能性があるという

これらの臨床の医師によって得られた結果は、同装置が医療用画像診断装置として有用であることを示唆するものであり、研究グループでは、引き続き装置の改良を進め、2011年秋をめどに臨床研究の段階に進むための準備を進める計画としている。これは、リウマチ診断装置および乳がん診断装置の製品化に向けた開発を加速させ、日本発の新型X線撮影装置を世に展開することを目指すものであるとするほか、同装置の原理は、X線CTスキャナなどへの適用も可能であるため、今後は、医療応用以外でも、製品検査やセキュリティのためのX線非破壊検査装置などとしての活用も図っていくとしている。