北海道大学大学院理学研究院の圦本尚義教授らの研究チームは、月内部に普遍的に水があることを突き止め、その起源は月形成直後の彗星がもたらしたものであることを解明した。地球科学全般およびこれに関連する分野における研究情報を提供することを目的とする月刊総合学術誌「Nature Geoscience」の電子版に1月9日(英国時間)に掲載された。

月は約45億年前、火星サイズの天体が地球に衝突し、その結果、地球の周りに作られた高温のガスとマグマの円盤から形成された説が有力。このとき、水分のような揮発性成分は巨大衝突時に容易に蒸発するため、月には水は元々取り込まれなかったと考えられていた。これまで月の石の分析により月内部の水の存在を報告した例があったものの、地球の汚染の可能性を否定する事は困難であった。

月の岩石はリン酸塩化合物で、。結晶中にフッ素や塩素や水酸基を含む「アパタイト(組成:Ca5(PO4)3(F,Cl,OH)」という水成分を結晶中に含む事ができる鉱物を時々含んでいる。地球の岩石中にも少量ではあるが普通に存在しており、月においてマグマが固まり岩石になっていく時、最初のマグマの90%以上が固まった後に結晶するため、月のアパタイトは岩石中の結晶の中で最後にできた結晶の1つであるといえる。

研究チームは、同位体顕微鏡を用い新たに開発した分析法を用いてアポロ計画により採集された月岩石中のアパタイト結晶の水成分濃度とその水素同位体比を測定した。

米国航空宇宙局(NASA)が1961~72年に実施した有人月探査であるアポロ計画では、アポロ11、12、14、15、16、17号の6回の月岩石の回収に成功しており、今回の研究ではアポロ11、12、14、17号の回収試料を分析対象とし、月の海と高地の両方の試料を選択した。月の高地の岩石は月の表面がマグマの海に覆われていた時代にマグマが固結した陸地部分(斜長岩)であり、月の海は、その後、月が冷却し、マグマの海の表面が全部固結した後、月の内部から噴出したマグマにより月の低地部が覆われ固まった溶岩(玄武岩)となっている。

双方のマグマとも冷却し溶融部分が固結する最終期にアパタイトを結晶化しており、これらの岩石の採集地点は月の表側の広範囲にわたっているため、今回のアパタイトの分析値のセットは月の内部の水成分を代表していると考えられるという。

アポロ11、12、14、17号におけるアポロ宇宙船の着陸ポイント

また、これらの測定した岩石の形成年代は43億年前の月形成当時に近い年代から32億年までの約10億年間におよんでいることが判明。この長い年代範囲も今回の分析が月内部の水成分を代表していると考えられる理由だと、研究チームでは説明している。

分析した月の石の年代を調べると約10億円の開きがあることが判明した

同位体顕微鏡を用いて月の石の含水量を分析した結果、鉱物の割れ目部に水が濃集している事が判明した。この水は地球の水蒸気が鉱物表面を汚染した吸着水で、これまで、月の石から正確な含水量の分析ができなかった要因となっていたが、今回の新分析法を活用することで、吸着水の影響を無視できるレベルまで低減することが可能となったという。

同位体顕微鏡を用いて調べた月の石の含水量の状況

鉱物間を比べると、アパタイトだけから水分の信号があり、周りの他の鉱物から信号がないことが分かった。ほとんどの月の石のアパタイト中に0.01%~0.6重量%の水が含まれている事が明らかになった。また、含まれている水は地球の海の水に比べて重水素を最大2倍含んでいる事も判明した。これほど重水素に富む水は地球上に存在しないため、アパタイト中に含まれていた水は月岩石固有である事と判断されるという。

月の石が含有していた水は、地球の海の水の最大2倍の重水素濃度であることが確認された

結果として、月内部には43億年以上前から水が存在している事が明らかになった。水素同位体比は天体により固有の値を持つ事がわかっており、木星や土星のような巨大惑星の水素同位体比は地球に比べ軽水素に富んでいる一方、彗星の水は重水素に富んでいる。

水素同位体比は天体により固有の値を持つ

隕石の水の同位体比は地球の水の値に近く、分析された月の水は重水素に富んでおり、彗星の値と重なっている。重水素に富む水を持つ天体は彗星の他に見つかっておらず、巨大衝突により月が形成した時、月の表面はマグマの海に覆われ、現在の月面のクレーターの多さから、このマグマの海にもたくさんの隕石が落下していたと考えられる。

巨大衝突により月が形成した時、月の表面はマグマの海に覆われ、そのマグマの海にも多くの隕石が落下していたと考えられる

これら隕石の中に多くの彗星が含まれていたと考えるのが合理的であり、落下した彗星の水はマグマの海深くに持込まれ、月が固結すると、月内部に貯蔵されたと考えられる。もし、月内部の水がこのような彗星による運搬によってできたとすると、観察された月岩石中の水成分の水素同位体比が彗星の水の水素同位体比と等しいことと整合が取れることとなるという。

また、この月の水の彗星起源説が正しいとすると、できたばかりの地球にも同様に彗星が衝突してきていたはずで、このとき、地球もマグマの海に覆われていたと考えられるが、地球と月の違いの1つは、地球は月よりも質量が大きいため、地球は水蒸気の大気に覆われ、マグマの海にも水分が元々とけ込んでいた事が挙げられる。地球の水について未解決な事の1つは、地球深部の水は軽水素に富んでいるが、海の水は重水素に少し富んでいる事で、もし地球の海の水の幾分かの割合が、今回明らかになった月内部の水の起源の様に、彗星からやってきたのだとするとこの重水素濃度の差を説明することができるようになると研究チームは述べている。

地球の水の一部は彗星が運んできたものと考えられるという

なお、研究チームでは、今後、月の石による月の水の研究をさらに進め、月内部に存在する水の量を決定したいとするほか、月内部に存在する水の量を決定することができれば、地球の水の起源についても明らかにできると期待できるとしている。