理化学研究所(理研)は、原子間力顕微鏡カンチレバーと高電子移動度半導体を組み合わせた新構造のセンサを作製し、nmレベルの分解能で、材料表面の電位分布やノイズ分布を画像化する技術の開発に成功したことを明らかにした。

半導体はプロセスの微細化により、性能向上を実現してきたが、リーク電流の増大や新規材料の導入および新プロセス技術の導入にともなう製造コストの増大が、微細化による性能向上の限界を招こうとしている。こうした問題の解決を目指し、有機半導体やカーボンナノチューブ、グラフェンなどの新規材料によるデバイス開発が進められている。しかし、こうした新規材料を用いる場合、材料そのものの欠陥や、電極との接合部などにおける障壁が電気的特性に影響を及ぼすという課題が生じている。

こうした局所的な電位分布やノイズ分布の状態を測定できれば、問題の解決の糸口となるため、それらを可視化し分析するための装置の開発が求められていた。これまでの分析装置では、ノイズ計測に対応していなかったり、検出感度が高くないなどの問題があり、多くの研究が電極間の電流-電圧特性からの情報だけで、局所的な状態を推測せざるを得ない状況にあった。そのため、新規材料を用いたデバイス開発では、研究者などの勘や経験に頼るところが大きく、統一指標がないことによる歩留まりの向上ができなかった。

理研らの研究チームは、材料表面の電位分布を高分解能に観察し、可視化するために、原子間力顕微鏡カンチレバー(電位検出部)と高移動度半導体(GaAs/AlGaAs)によるトランジスタが結合したイメージング用センサを開発。

同センサは、カンチレバー探針先端でとらえた電位を、最終的にはトランジスタの電気信号として読み出す仕組みになっている。従来は、信号読み出し用のトランジスタそのものを試料表面上で走査していたため、空間分解能はトランジスタの信号読み出し部のサイズ(μm)に限定されていた。また、トランジスタと試料間距離を精密に一定に保つのは困難で、安定した走査ができないという問題もあった。

カンチレバーと高電子移動度半導体(GaAs/AlGaAs)の複合構造の概念図(左)と写真(右)。金属でコーティングしたカンチレバーの金属部と読み出しセンサ(GaAs/AlGaAs)のゲート電極を、導電性接着剤で貼り付けている。カンチレバー先端で局所的な電位を検知した結果、読み出しセンサのゲート電圧が変調を受け、ソース-ドレイン電極間の電流が変化する。この電流変化を検出信号として読み出す。このセンサでは、空間分解能がカンチレバー先端径で決まり、さらに通常の原子間力顕微鏡による測定を同時に行うことで、試料表面に対するカンチレバーの探針位置を正確に制御できる

今回開発したセンサでは、カンチレバーを介在させるため、空間分解能が先鋭化したカンチレバーの探針径で決まり、nmレベルでの観測が可能となる。また、原子間力顕微鏡による測定を同時に行うことで、試料表面に対するカンチレバーの探針位置をnmレベルで正確に制御することが可能だ。さらに、電位の時間的な揺らぎを測定することで、ノイズ分布の可視化というユニークな測定を行うことも可能となっている。

研究チームはまず、測定対象となる材料に半導体(GaAs/AlGaAs)を用い、材料全域における電位分布観察を行った。この測定では、半導体材料に磁場を印加して、電子の軌道を磁場によって曲げることで、偏った電位分布の発生を予想した。結果、得られた画像はまさしく予想したとおりの結果を示しており、電位分布計測が正確に行われていることが判明した。

半導体試料(GaAs/AlGaAs)における電位分布画像。開発したセンサを用いて観測した電位分布。この測定では、磁場Bを紙面に対して垂直に印加しているため、電子の軌道は曲げられ、試料の左右両端にホール電圧と呼ばれる電圧が発生する。ここでの分布画像は、ホール電圧発生下での電位分布を示している

さらに、この計測法をグラフェンに適用。グラフェンは、従来のSiトランジスタと比べて高い電子移動度が実証されているため、次世代のエレクトロニクス材料として期待が寄せられており、2010年度ノーベル物理学賞の受賞対象にもなっている。このグラフェンの電位分布を観察したところ、50~100nm程度の周期で電位が空間的に揺らいでいることを発見した。この揺らぎはノイズの原因となるため、この観察結果は、グラフェンを実用化する上で重要な情報となるという。

グラフェンにおける電位分布。開発したセンサを用いて観測した電位分布(ライン走査)。電位が50~100nm程度の周期で空間的に揺らいでいることを見いだした。検出信号減衰の基準(電位が90%から10%に減少する幅)から、24nmの空間分解能を見積もることができ、この値はカンチレバー探針径(20nm)にほぼ一致する

また、グラフェン中の電子が結晶表面を流れるという特徴を利用して、開発したセンサの正確な空間分解能を見積もることも可能で、実際にこのセンサの分解能を見積もったところ、24nmであることが確認された。この値は、カンチレバーの先端径(20nm)にほぼ等しく、カンチレバー探針先端で試料の電位を検知するという検出原理の実証にもなった。

こうした実験の結果、開発されたセンサは、電界効果トランジスタなどの電子デバイスの電気的特性を評価する手段になりうることが示された。この計測より得られる情報を、デバイス作製へフィードバックすることで、作製の歩留まりの向上、ひいては作製コストの低下へと貢献することが期待できるほか、現在まだ研究段階にとどまっている有機半導体、カーボンナノチューブ、グラフェンなどによる電子デバイス実用化の実現に向けた発展につながることが見込まれるという。

加えて、このセンサは、電位の時間的な揺らぎ、すなわちノイズの空間分布も測定することが可能という特長がある。ノイズはトランジスタ特性に決定的な影響を与える要素で、その起源を特定することはきわめて重要で、開発したセンサにより、ノイズが試料のどこでどのように発生しているのかを調べることが可能となり、この観察結果からもトランジスタの評価に有用となるという。