電子書籍といっても千差万別だ。いわゆるKindleタイプのデバイスで読む文字が中心の書籍コンテンツがあれば、雑誌のように多くの写真に加え、動画やアニメーションなどさまざまな付加機能が用意されたリッチコンテンツもある。だがユーザーにしてみれば「余計な機能をつけるよりは安くしてくれ」という気持ちがあるのも確かだ。これについて、ある大手出版社の試みに注目が集まっている。

電子書籍ならではの価値が求められる?

現在の電子書籍は大きく2種類のパターンに分かれている。「安価だが従来どおりテキストのみの電子書籍」と「動画などさまざまな付加機能があるが高価な電子書籍」の2つだ。後者は「WIRED Magazine」のiPadアプリなどで注目され、対応ソリューションを販売しているAdobe Systemsら当事者は「デジタル出版(Digital Publishing)」などと呼んでいる。このWIREDほどリッチなコンテンツでなくとも、電子書籍の出版にあたって動画や写真クリップを追加したり、追加のテキストを"オマケ"として付与するなどといった例もある。問題は、同じタイトルの書籍ながら、こうした"既存出版物をそのまま電子化しただけだが安価"と"オマケをつけることで価格を高めに設定したコンテンツ"の2種類のバージョンが存在した場合、ユーザーはいずれを選ぶかという点だ。

米Wall Street Journalの「Testing Enhanced E-Books」という記事によれば、米News Corporation傘下の出版社である米HarperCollins Publishersの一部門、HarperMedia発行人のAna Maria Allessi氏が「もしこうした2種類のデジタル版が存在する場合、おおよそ半数の読者は"付加価値のあるコンテンツ"のほうを選択する傾向がある」とコメントしている。

Amazon.comで「The Last Boy」の価格状況を見てみる

出版社が価格設定に神経質になる理由は本の販売サイクルにある。例えば「The Last Boy: Mickey Mantle and the End of America's Childhood」という著名MLBプレイヤーの伝記本の場合、ハードカバー本の設定価格が27.99ドルとなっているが、10月上旬の販売開始から1ヶ月半近くが経過して現在の価格はAmazon.comで12.97ドルだ。米国の出版は発売直後の本体価格が高い時期に商品を売り切り、あとは需要に応じて徐々に価格が下がってくるスタイルをとっているが、このThe Last Boyはベストセラーであり、現在の価格に落ち着くまでに10万冊以上を販売してきたという。電子書籍のKindle Editionは11.99ドルだが(リリース直後は14.99ドルだったという)、ハードカバー本と比較して安価だ。現在の米出版業界は、この価格バランスやリリースタイミングを適時調整することで、既存の売上を電子書籍に食われないよう調整しているともいえる。だが一方でもし、この電子書籍に付加機能を用意して付加価値をつけ、価格ラインを再び引き上げることが可能だったらどうだろうか? このように計8本の30分あまりの動画を加え、16.99ドルの拡張版電子ブックとして「The Last Boy」をリリースしたことを受けての発言が、先ほどのAllessi氏のコメントだ。

同様の試みはほかでも行われている。例えばVookのiPadアプリ「JFK: 50 Days」は6.99ドルで提供が行われているが、後に追加のテキストや動画を付与した拡張版を9.99ドルでリリースしている。効果は測定中だというが、アイデア的にはHarperCollinsのそれに近い。

単にビジネス的な都合で考えてしまうと微妙な話題だが、WIREDがデジタル出版で「デザイナーや編集者のチャレンジ精神やクリエイティビティを刺激する」といっているように、読者に新たな価値を届けられるのであれば、それだけで価値がある。重要なのは「2つの選択肢」が用意されている点で、出版社側の一方的な押しつけではなく、あくまでユーザー側に判断が委ねられているからだ。