宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙科学研究所は11月22日、三菱重工業が提供する民生用のSOI技術をベースに同研究所の耐放射線化技術を付加するとともに、宇宙分野以外の民生応用を意識したセルライブラリ方式を導入することで、高い放射線耐性を持つ論理集積回路を自由かつ安価に設計、製造できる技術基盤を構築したことを発表した。

三菱重工により製品化されたSoCのブロック図を各種概要

宇宙空間は、宇宙からの強い放射線に直接さらされることから、半導体もソフトエラー(放射線によるビット反転エラー)やシングルイベントラッチアップ(放射線により過大電流が流れて永久損傷になる可能性があるエラー)と呼ばれる誤動作を発生させる。現在、国産の大型・中型の人工衛星のコストの約1割を電子部品が占めているが、その中核部品である高い放射線耐性を持つLSIのほとんどは海外製品に頼っており、高価格であるだけでなく戦略物資扱いを受けていることから、日本の人工衛星開発を阻害する要因となっている。

一方、プロセスの微細化により、放射線によるエラーの発生は地上でも課題となりつつあり、放射線の影響を受けやすい航空機や原子力機器だけでなく、高い信頼性を要求されるハイエンドサーバや、誤動作が人命にかかわる建設機械、自動車、医療用機器などにおいても、パッケージ内部の不純物から発生する放射線や、地上に到達する微弱な宇宙放射線によるソフトエラーが危惧され、さまざまな対応が進められており、これがシステムの複雑化やコスト増につながっている。

SOIに、宇宙科学研究所の耐放射線化技術を付加し、宇宙分野以外への応用を意識して集積回路の設計手法に標準的なセルをあらかじめ最適設計してライブラリとしてコンピュータのメモリに登録しておき、それらのセルを用いてチップを設計する方式(セルライブラリ方式)を採用した同技術基盤は、2002年に発表した「民生SOIプロセスによるSRAM」の開発体制を拡張したもので、集積回路の設計者は、このライブラリの中にある放射線耐性を備えたセルを組み合わせるだけで、放射線耐性の高い論理集積回路を自由に設計することができるようになる。これをSOIプロセスで製造する際に、共同で民生工場に委託すれば、マスクや製造にかかる費用を分担することで、経費を低く抑えることが可能となるという。

この開発体制はすでに実用段階に移行しており、たとえば三菱重工は、耐放射線仕様のSoCの製品化に成功している。同SoCには、32ビットマイクロプロセッサや、メモリ、スペースワイヤインタフェースなどが1チップ上に集積され、高い機能を備えているが、SOI構造の採用と回路上の工夫により、シングルイベントラッチアップが起こらないという特性と同時に、ソフトエラーの発生確率をきわめて低く抑える(耐放射線性として25~40MeV/(mg/cm2)程度と、先端の民生用SOI素子の1MeV/(mg/cm2)以下より向上)という特徴を持っている。当面は、次期天文衛星への搭載が計画されているが、三菱重工では量産の期待できる宇宙分野以外の機器への採用も計画しているという。

今回開発された技術基盤は、今回製品化されたSoCに限らず、放射線耐性の高いさまざまな論理集積回路の開発を可能とするもので、日本の宇宙産業や高い放射線耐性を要求される技術分野において、大きな戦略技術となるものとJAXAでは期待を寄せている。