産業技術総合研究所(産総研)は、石原産業と共同で、リチウムイオン2次電池用の高容量チタン酸化物負極材料(H2Ti12O25)を開発したことを明らかにした。

リチウムイオン2次電池は、その用途の広がりから入出力特性やエネルギー密度の向上のほか、安全性確保と長寿命化が求められており、このような観点から、負極に酸化物系材料を使用することが検討されている。しかし、現行材料であるチタン酸リチウムを使用した場合、電池のエネルギー密度が低いという問題があった。このため、現行材料と同程度の高い電圧という特長をもち、かつ高いエネルギー密度を確保するためには、高容量な酸化物系の代替負極材料の開発が求められていた。

今回開発した新規チタン酸化物負極材料(H2Ti12O25)と現行のチタン酸リチウム負極材料(Li4TiO12)の充放電曲線(対極:金属リチウム、電流密度50mA/g)

すでに産総研では、低温合成プロセスの1つであるソフト化学合成法によるチタン酸化物の合成とその構造・物性評価に関する研究を進めてきており、その中で、H2Ti12O25を発見、その合成方法とリチウムイオン2次電池電極材料への適用について検討を行ってきていた。

一方の石原産業は、チタニア(酸化チタン)製造においては国内大手で、今回両者が保有する技術を持ち寄ることで、水素の化学的結合状態の解明や、2次電池の負極材料としての化学的評価、電気化学的評価を行うとともに、その工業的な製造技術の開発を行った。

現在、リチウムイオン2次電池の負極材料としては、黒鉛系炭素材料が最も一般的に使用されている。炭素材料は、リチウム基準で電圧が約0.2Vと低く、正極としてコバルト酸リチウムなどを使用すると電池を高電圧化(約3.7V)でき、高いエネルギー密度を達成できるが、寿命などの信頼性に関しては、炭素材料を負極とした電池では、例えば60℃以上の高温環境下で長時間使用すると容量が低下するといった問題があった。

これに対して、リチウムの可逆的な挿入・脱離反応が知られているチタン酸リチウムLi4Ti5O12を負極活物質として使用した場合、安全性が高く、また長寿命化が可能なことから、次世代の高電位負極材料として検討されてきた。しかし、このようなチタン酸化物のリチウム基準の電圧は約1.55Vと高く、リチウムイオン2次電池の特長である高い電圧が得られないという課題があったほか、チタン酸リチウムは、リチウムの挿入・脱離反応に寄与しないリチウムを構成元素として含有しているため、今後、大型リチウムイオン2次電池の普及にともないリチウムの使用量が増加し、それによるコストの上昇が危惧されていた。

産総研が発見したH2Ti12O25は、チタン酸リチウムと同程度の電圧をもつことから、負極材料として高い安全性が期待され、さらにチタン酸リチウムに比べて高容量であることから、高いエネルギー密度の電池が得られる。また、チタン酸リチウムのように構成元素としてリチウムを含有しないので、電池の低コスト化も期待される。

ソフト化学合成法による合成は、出発原料としてチタン酸ナトリウム(Na2Ti3O7)を使用し、はじめに60℃の温度条件で酸処理を行い、前駆体であるH2Ti3O7を作製、その後、200~300℃程度の温度で加熱することで、H2Ti12O25が作製される。

同チタン酸化物の熱重量分析と1H固体NMRスペクトルを見ると、重量減少から見積もられる脱水量は化学組成と矛盾しなかったほか、固体NMRスペクトルから、含有する水素が水素結合で結晶構造中にしっかり固定化され、容易に脱離されないことが判明した。また、2本のピークが観測されることから、構造中に2種類の占有サイトがあることも判明したことに加え、乾式自動密度計を用いて測定した密度は3.50g/cm3であり、水素を含有しているにもかかわらず、チタン酸リチウム(3.49g/cm3)とほぼ同等の密度であることが判明した。

新規チタン酸化物の熱重量分析(左)および1H固体NMRスペクトル(右)

充放電サイクル特性は、同条件で試験した現行材料であるチタン酸リチウム(石原産業製LT-017)と比較した結果、室温で、新規チタン酸化物は、1サイクル目の充電容量255mAh/g、放電容量210mAh/gであり、初期の不可逆容量は認められるものの、10サイクル目で充電容量216mAh/g、放電容量214mAh/gと、ほぼ可逆的な充放電容量が確認された。また、50サイクル後も充電容量213mAh/g、放電容量212mAh/gであり、チタン酸リチウムと同等の良好なサイクル特性を示し、200mAh/gを超える高容量を維持しており、新規チタン酸化物が構成元素として水素を含むことは電極材料としての問題とはならないことを示す結果となった。さらに、現行材料に対して30%程度の高容量化が可能であるという。

新規チタン酸化物およびチタン酸リチウム(石原産業製LT-017)の室温における充放電サイクル特性(対極:金属リチウム、電流密度50mA/g)

加えて、新規チタン酸化物を負極活物質とし、正極にマンガン酸リチウムを使用したリチウムイオン2次電池を試作、その充放電特性を評価した結果、同構成で、可逆的な充放電が可能であり、開発した新規チタン酸化物が負極として問題なく機能することも判明した。

新規チタン酸化物を負極として試作したリチウムイオン2次電池の充放電特性(正極:LiMn2O4、負極:H2Ti12O25)

同新規チタン酸化物は、充放電の際のリチウムの挿入・脱離反応に影響されない安定した構造となっているほか、構成元素としてリチウムを含まないためコスト的に有利であるため、電気自動車やハイブリッド車などの電動車両用リチウムイオン2次電池の高容量化と長寿命化、および低コスト化につながるものと期待されると産総研ではしており、今後は、石原産業より電池メーカーをはじめ産業界へサンプル提供を行い、実用化への課題を明らかにし、さらに化学組成、結晶構造、粉体特性の最適化を行い、入出力特性の改善を行っていく予定としている。