理化学研究所(理研)とフランス国立科学研究センター(CNRS)の共同研究チームは10月12日、日本人は生後14カ月までに「abna」のような子音の連続が含まれる単語と「abuna」のような子音連続が含まれない単語の音を区別して聞き取れなくなっていることを発見したことを明らかにした。

日本人は、外国語の音の聞き分けが苦手といわれているが、その理由は個別の母音や子音の聞き分けができないだけでなく、音の組み合わせや強勢、韻律などのさまざまな要素がかかわっている。これまでの研究により、母語に含まれない母音や子音の弁別がどのように発達していくのかが徐々に明らかになってきており、乳幼児は、生後間もなくから、自分の母語にない外国語の音も聞き分けられるが、生後12カ月ごろまでにだんだんと聞き分けられなくなっていくことが知られている。しかし、音の並びの規則がどのように獲得されていくのかについては、よく分かっていなかった。

個々の言語には、母音や子音の組み合わせや音節についての一定の規則がある。日本語の音節は「ku」や「do」のように子音と母音からなるのが原則で、日本人はそれに合わない外国単語に「u」や「o」の母音を挿入して日本語の規則に合うように修正して発音したり、聞いたりする、いわゆる外国語の音を母語の音の体系に合わせて発音したり知覚したりしてしまう「修復」が行われている。

例えば、日本語には「あ」や「う」のように母音だけの音節や、「こ」や「で」のように子音と母音からなる音節はあるが、子音が連続したり子音で終わったりする音節はないため、日本人は、外国語の単語を聞くと、日本語に合うように「う」や「お」の母音を挿入して発音してしまう。このような修復は「母音挿入(vowel epenthesis)」と呼ばれる。つまり、英語では、「but」、「milk」、「strict」は1音節の単語ですが、日本語では、子音の後に母音を挿入して「bat.to」(2音節)、「mi.ru.ku」(3音節)、「su.to.ri.ku.to」(5音節)にして発音してしまう。こうしたことから、日本人の話す英語が外国人に通じないのは、個別の母音や子音の発音の良し悪しよりも、もともとの単語の音節数を変えてしまう母音挿入が大きな理由なのではないかと考えられていた。

また日本人は、外国語の単語を発話するときだけでなく、聞いたときにも母音を挿入して聞いていることがこれまでの研究で分かっていた。具体的には、日本人とフランス人の成人に、子音連続を含む「ebzo」のような無意味な単語と、母音を挿入した「ebuzo」のような単語を聞かせると、フランス人は簡単に弁別できるのに対して、日本人は弁別できなかった。これは、母音がないところに架空の母音を挿入して聞いてしまうためで、英語を聞き分けられる人のことを「英語耳」を持った人と言うことがあるのと比較し、「abna」を「abuna」に直して聞いてしまうのを「日本語耳」と呼ぶことができると判断することができる。

このような「日本語耳」がどのように獲得されるのかについてはさまざまな説があるが、特に日本語の場合には、子音と母音を1文字で表す「かな」を学習した結果だという説が有力であった。今回、研究グループは、生後約8カ月と生後約14カ月の日本人の乳幼児とフランス人の乳幼児各24人(合計96人)に連続した子音が含まれる単語と母音を挿入した単語を聞かせ、乳幼児が弁別して聞いているかどうかを調べる実験を行った。

その結果、生後8カ月では、どちらの乳幼児も弁別ができていたにもかかわらず、生後14カ月になると日本人の乳幼児だけが弁別できなくなっていることが判明した。これまで修復は、たくさんの語い(彙)を獲得したり、文字を学んだりした結果起こるものだと考えられていたが、今回の実験により、修復が、実は語彙も数少なく文字も知らない乳幼児期からすでに始まっていることが判明。これは、個別の母音や子音だけでなく、音の並びの規則(音韻体系)についても乳幼児期からすでに獲得が進んでいることを示す重要な発見で、日本人が外国語の音をうまく聞き分けられない原因の解明にもつながる成果と研究チームでは説明する。

今回の研究では、視覚的馴化(じゅんか)、脱馴化法という実験方法を用いて「日本語耳」がいつ獲得されるのかを調べた。この実験は、乳幼児に同じ音声(刺激)を飽きるまで何回も聞かせ、十分に馴化したところで、テスト刺激を聞かせ、その反応から、乳幼児が弁別しているかどうかを知る手法。具体的には、見るものが何もない薄暗い部屋で、乳幼児を母親の膝に座らせ、前方にモニタだけを置き、ある音声刺激を繰り返し聞かせる。このとき前方の画面にチェッカーボードのような意味のない視覚刺激を出しておくと、乳幼児は、聞こえてくる音声に興味を持って集中して聞いている間、画面をじっと見ることが分かっている。これを何回か繰り返していると、乳幼児は、見飽き始めてきょろきょろと回りを見たり、ぐずったりするようになり、画面をじっと見ている時間が減少する。刺激を最初に聞いたときに、乳幼児が画面を見ていた時間(注視時間)を計算し、それに比べて同じ刺激を聞いたときの注視時間が65%まで減少したら乳幼児が飽きた(馴化した)とみなし、テストに入った。

テストでは、馴化の時に与えた刺激と同じ刺激、異なる刺激をそれぞれ1回ずつ聞かせて注視時間を比較。異なる刺激を聞かせたときに注視時間が回復しなければ、テスト刺激は乳幼児にとって前と同じ刺激のため飽きていると見なし、馴化に使った刺激とテストに使った刺激を弁別していないと解釈した。しかし、もし注視時間が回復すれば、それは乳幼児が馴化に使った刺激とテストに使った刺激の違いに気がついて興味が回復した(脱馴化)と見なし、刺激を弁別したと解釈した。

視覚的馴化・脱馴化法の測定結果。刺激を最初に聞いたときに、乳幼児が前方にあるモニタの画面を見ていた注視時間と比べて、同じ刺激を聞いたときの注視時間が65%まで減少したら馴化したとみなし、馴化のときに与えた刺激と同じ刺激、異なる刺激をそれぞれ1回ずつ聞かせて注視時間を比較。異なる刺激に対して注視時間が回復しなければ、弁別していないと解釈し、回復すれば、脱馴化したと見なして、刺激を弁別したと解釈した

「abna」、「ebdo」のような子音連続を含む複数の単語と、同じ単語に母音を挿入した「abuna」、「ebudo」のような単語を聞かせ十分に馴化した後、馴化の時に使った刺激と同じ刺激、異なる刺激をそれぞれ1回ずつ聞かせた。生後8カ月のフランス人の乳幼児は、違う刺激を聞いたときの注視時間が同じ刺激を聞いた場合に比べて平均で1.5秒、日本人の乳幼児は平均で0.8秒長くなり、どちらの群も違う刺激のほうを同じ刺激より有意に長く聞いていた。これは、生後8カ月のときは、どちらの国の乳幼児も弁別していたことを示している。これに対して、生後14カ月のフランス人の乳幼児は、違う刺激を2.4秒長く聞いていた一方、日本人は両方の刺激を聞いていた時間がほぼ同じであり、これは生後14カ月では、フランス人の乳幼児は弁別ができるのに対して、日本人の乳幼児は弁別ができなくなることを示していることとなる。

生後8カ月の日本人とフランス人の乳幼児の反応。馴化刺激と同じ刺激を聞いたSame条件と、異なる刺激を聞いたSwitch条件での乳幼児が刺激に興味を示した時間を示している。日本人の乳幼児もフランス人の乳幼児もSame条件よりもSwitch 条件に高い反応を示している

今回の成果は、知っている語彙も数えるほどで、「かな」も知らない月齢の乳幼児が、大人の日本人と同じように子音が連続する単語に架空の母音を挿入して聞いていることを示しており、日本人の生後14カ月の乳幼児は、すでに日本語の音韻体系の規則を修得し、それに合わない単語を日本語に合うように修復して聞く「日本語耳」を持つようになっていることを示し、結果として、日本人が、英語の発音や聞き分けが苦手だと言われているが、それは単に学校での英語教育の方法だけの問題ではなく、日本語の音韻体系が英語と大きく違うということも重要な要因となっていること明らかにした。

14カ月の日本人とフランス人の乳幼児の反応。フランス人の乳幼児ではSwitch条件に有意に高い反応を示したのに対し、日本人の乳幼児はまったく差がないことが見て取れる

なお、日本人の乳幼児が日本語の音韻体系をどのように獲得していくのかを調べていく過程で、英語のどのような特性が日本人にとっての英語の習得に特に困難になるのかが分かれば、その特性を克服するためにはどのような教え方をすれば良いのかが分かるようになるため、今回の成果は、今後開始される小学校での英語教育にも参考になる知見と研究チームでは説明している。