第143回芥川賞・直木賞の選考委員会が15日、東京・築地の新喜楽で行われた。芥川賞は赤染晶子さんの『乙女の密告』(新潮6月号)、直木賞は中島京子さんの『小さいおうち』(文藝春秋)がそれぞれ選ばれた。赤染さんは記者会見で、ユダヤ人問題を取り上げたことについて、「日本人の私がこのテーマに取り組むということは、十分に意義があると思います」と述べた。

芥川受賞に当たっての思いを語る、赤染晶子さん

芥川賞の選考委員を代表して選考会後の会見に臨んだ小川洋子氏は、「1回目の投票で過半数を超えたのは赤染さんの作品のみ。計3回投票を繰り返しても過半数を割ることなく、最後まで一番の支持を集めた」と選考過程を説明。一方で鹿島田真希さんの『その暁のぬるさ』とのダブル受賞も検討され、長い時間をかけて議論されたという。「ただ残念ながら、『その暁のぬるさ』は、3回とも過半数には達しなかった」とのことで、『乙女の密告』のみの受賞が決定した。

赤染さん「今後も精進していきたい」と抱負

赤染さんは、1997年京都外国語大学外国語学部ドイツ語学科卒業。1999年北海道大学大学院文学研究科ドイツ文学専攻修士課程修了。2004年の『初子さん』が第99回文学界新人賞を受賞した。

芥川賞を受賞した『乙女の密告』は、京都の外国語大学の女子学生たちが、外国人教授の指導の下、「アンネの日記」のドイツ語訳の暗唱に取り組み、アンネ・フランクに心情を通い合わせる姿を描いている。

『乙女の密告』の受賞理由について話す小川洋子氏

小川氏は『乙女の密告』の受賞理由について、「『アンネ・フランクを"密告"したのは誰か?』という歴史上最大の問題を小説に取り込み、個人のアイデンティティの問題として答えを出そうとした。その小説の作り方が非常に巧妙であり、かつ『アンネの日記』という書物が自然な形で密接に関わり合っていた。さらにスピーチというユニークな題材も駆使して書いた点が評価された」と述べた。

東京會舘で行われた記者会見で、赤染さんは、「すごく驚いているんですけれども、今後も一つ一つ作品を丁寧に書くことで、精進していきたいと思います」と最初の一言を述べた。アンネ・フランクを密告したのは誰かというテーマに取り組んだことについては、「あくまで歴史的な史実を踏まえたいと思いまして、アンネの史実の中で、今でもすごく話題になっているということは、密告者は誰かということなので、そこを中心にしようと思いました」と語った。

中島京子さんの『小さいおうち』(左)と、『乙女の密告』が掲載された新潮6月号

ユダヤ人問題という深刻なテーマとユーモアを結びつけたことについては、「ユーモアっていうものと対比させることで、日本でよく持たれているアンネ・フランクのロマンティックなイメージを疑問視する一つの方法になればと思ったので、あえてユーモアというものを、今回使って描きました」と説明した。

日本人がユダヤ人の問題を書く資格があるのかということが、選考委員の話題に上ったようだがという質問に対しては、「そこの難しさは、一番この作品にとっての大きな壁だったんですが、アンネ・フランクのイメージがすごくロマンティックに受け止められている点について、日本は特にそれが大きいと言われている」とした上で、「日本人の私がこのテーマに取り組むということは、十分に意義があると思います」と述べた。

一方、こうした作品に「宝塚」や「少女漫画」の影響があるのではとの質問には、「私の作品に影響を与えているのは、生まれ育った京都のこってりとしたメンタリティとか、そういったものが一番大きいと思います」と話したほか、「あと、学生時代女子学生が多い学科で、本当に自由に青春時代を過ごしたということも、影響していると思います」と語った。

また、大学院時代をすごした北海道に関して聞かれると、「北海道は、私の人生の中で、京都以上のかけがえのない場所になっていると思います」と話し、「北海道での生活がなかったら、京都に対しての再認識というのは絶対なかったので、ある意味北海道に育てていただいたと思っています」と語った。

記者会見の最後には、「これからも本当に真摯に文学に向き合っていきたいと思います」と述べ、文学への熱い思いを述べていた。

第143回芥川賞・直木賞の贈呈式は8月20日(金)、東京會舘にて開かれ、正賞として時計が、副賞として100万円が贈られる。