名古屋大学(名大)の澤博教授、西堀英治准教授、青柳忍助教の研究グループは、名大篠原久典教授の研究グループ、東北大学飛田博実教授の研究グループ、イデアルスター、高輝度光科学研究センター(JASRI)、理化学研究所(理研)との共同研究によって、大型放射光施設「SPring-8」の単結晶構造解析ビームライン(BL02B1)を用いて、新たに開発した手法を用いることで従来の数百万倍となる合成および高純度化(精製)されたリチウムイオン(Li)を内包した球状分子C60フラーレン(Li@C60)の単結晶構造決定に成功したことを発表した。

中空のフラーレン分子中に金属原子を内包させることでその機能や性質を制御、拡張することは、C60フラーレンが発見された1985年の初期から報告はあったものの、金属を内包させたことによりこの分子の反応性が高まるため、これまでその単離と分子構造決定は成功していなかった。一方、C80やC82などの炭素数が60を超える高次フラーレンでは金属を内包した分子の単離、構造決定が報告されてきたが、合成収量が微量のため応用に展開するのは困難だった。しかし、この金属内包高次フラーレンの研究によって金属内包による物性制御の可能性が示唆されており、その点からも金属内包C60フラーレンには期待が寄せられていた。

今回、イデアルスターと東北大学の飛田教授の研究グループは、リチウムイオンを内包したC60フラーレン(Li@C60)を独自開発した「プラズマシャワー法」と呼ばれる手法を用いることで高収率で合成、完全に単離、結晶化することに成功した。同合成手法は、フラーレンと内包を意図する低エネルギーLiイオンを同時に基板に供給することで、従来技術に比べて数百万倍の合成能力を有し、合成量として、1台の装置で1時間当たり、高純度のLi@C60数十mgとなっており、Li@C60の産業応用可能なレベルを実現している。

また、Li@C60と空のC60が混在し強固に結びついた合成物からLi@C60のみを抽出、単離することに成功した。これまで、Li@C60の有効な抽出、単離方法は見出されていなかったが、合成物を適切な酸化剤で処理してLi@C60を+1価に酸化し、空のC60との相互作用を弱めることで、[Li@C60](SbCl6)あるいは[Li@C60](PF6)の塩の形でLi@C60を完全に単離、単結晶化することを可能にした。さらに、これらの塩から、各種の溶媒に溶解可能な誘導体を形成できることを明らかにした。これは、Li@C60の実用化に向けて、重要な知見を示したものであるという。

さらに、名大 澤博教授の研究グループは、作製された結晶中のC60にリチウムが内包されていることを証明するために、SPring-8のビームラインBL02B1の大型湾曲イメージングプレート(IP)カメラを用いた高分解能単結晶X線回折実験を実施、Li@C60のリチウム内包証明、分子構造決定に成功した。

[Li@C60](SbCl6)の層状の結晶構造。紫:リチウムイオン、緑:C60、オレンジ:SbCl6。Li@C60分子はSbCl6と対をなして2次元的に配列している

リチウム元素は原子番号が3の極めて軽い元素であること、容易にイオン化して電気化学的に活性になることからイオン電池など多くの産業に利用されているが、その軽さから同元素の空間的な状態を精密に議論することは通常は困難であり、大型放射光施設SPring-8での高輝度なX線を用いた回折測定によって初めて可能となった。電子密度解析による精密解析の結果、C60に内包されたリチウムイオンが、中心から0.13nm外れた位置に確認され、単離合成が成功していることが判明した。この中心から0.13nmずれた位置は、これまで観測されていたH2、Arなどの不活性なガス分子を内包したC60では、内包分子、原子がC60の丁度中心に位置し、外界との相互作用がほとんどないことと比べると大きく異なった結果となった。Li@C60の周囲に配置したSbCl6-イオンのCl近傍に偏っており、内包リチウムがLi+として、C60ケージの外側にあるCl-イオンの方向に静電引力によって引き寄せられていると考えられるとのことで、多くの理論的な予測によって期待されていたLi@C60の単分子スイッチや強誘電薄膜などへの応用の可能性を示しているという。

aおよびb:今回決定されたLi@C60の分子構造(aとbは異なる方向から見た分子構造)。紫色のリチウムイオンは、緑色のC60分子の中心から0.13nmずれた六員環の近傍に配置している。c:Li@C60とその近傍に配位する2つのSbCl6(オレンジ色)との位置関係。リチウムイオンはC60に近接したCl原子に近い2つの位置を等しい確率で占有している

同研究の成果は、高純度試料の大量合成に成功したC60金属内包フラーレンが、外界と相互作用するLi+イオンを内包して結晶化していることを示したことにあるほか、金属内包によりフラーレンの化学的性質が著しく変化することが明らかとなり、機能制御材料としてフラーレンの広範な産業応用に道を拓いた点も大きいという。

すでにイデアルスターは、Li@C60関連材料を内外の関連研究機関に広く開放し、有機エレクトロニクスを始めとするLi@C60の物性研究や応用開発を目指す産業応用分野への展開を向上させる体制を整えているほか、Li@C60の合成に用いたプラズマシャワー法は、リチウム以外の金属原子に対しても応用可能と考えられ、今後リチウム以外の金属原子を内包したC60金属内包フラーレンの単離も可能になることが期待されるという。

さらに、SbCl6以外の陰イオンPF6との塩や、化学修飾による種々のC60金属内包フラーレン誘導体の合成により、化学的活性度や金属内包フラーレンの分子配列の制御が可能であり、今後、有機太陽電池の機能性制御や500Tb/in2を超す高密度メモリを実現するための強誘電体への応用などのほか、医療分野など広範な産業への応用が期待されると研究チームでは説明している。