富士通研究所と独ミュンヘン工科大学(TUM)は4月16日、DNAを活用することでたんぱく質を高速検出することが可能なバイオセンサ技術を開発したことを発表した。

予防医学の分野などでは、近年ガンや糖尿病などの原因となるたんぱく質を見つけ出す研究が進められている。これは、たんぱく質の種類や量、大きさなどを調べることで、病気の早期発見や適切な治療を可能とするもので、疾患の目印となるたんぱく質の迅速かつ高い精度での検出技術が求められていた。

たんぱく質を計測することで疾患予防や食品の安全性確保、病原体の検査などをより活用できるようになる

従来、たんぱく質を検出するためには、1次抗体に対象となるたんぱく質を付け、その後、不着しているかどうかの確認をするための蛍光色素などの標識を付けた2次抗体をつけるなど複数の工程が必要のため工程数と使用材料数が多く、結果的にコストが高く、また検査結果を出すまで長い時間が必要とされていた。さらに、複数工程で処理が行われるほか、構築された1次抗体が必ずしもたんぱく質をとらえられる状態になるとは限らないということもあり、検査対象の血液などのサンプルを多めに用意する必要もあった。

従来手法と今回開発した技術の比較。シグナルトランスデューサとなっている部分がDNA

富士通研究所は2000年12月に「ナノマテリアル」「ナノフォトニック」「ナノバイオ」の3つの基礎技術研究を行うためのナノテクノロジー研究センターを設立(2009年にナノエレクトロニクス研究センターに改名)、ナノマテリアル分野としてはカーボンナノチューブやGaN HEMTなどの開発が行われ、ナノフォトニック分野では量子ドットレーザーを活用する合弁会社やNECとの連携による単一光子利用の量子暗号実験などが進められている。

富士通研究所 ナノテクノロジー研究センターの概要とその成果

富士通研究所 ナノエレクトロニクス研究センター センター長で東京大学客員教授の横山直樹氏

ナノバイオ分野については、ミュンヘン工科大学ウォルターショットキー研究所のAbstreiter教授のグループとバイオセンサ技術の研究を2001年より共同で行ってきており、「設立から10年を経てそれぞれの分野の出口がようやく見えてきた」(同センター長で東京大学客員教授の横山直樹氏)としている。

今回の成果は、「電場によるDNAの操作とそれによるDNAの動作を可視化する技術」および「たんぱく質の検出と分析技術」の2つを組み合わせたもので、DNAをセンサとして活用することに特長がある。

DNAを電子デバイスとしての性能を見ると、化学合成された材料を用いることで分子サイズは長さ10nm~300nm程度、太さも2nm程度の均一な大きさの剛直な2重螺旋を構築することが可能なほか、電気を通すことが可能、特に水中において大きな負の電荷を持つことが知られている。

ドイツよりネットワーク経由での参加となったミュンヘン工科大学の主任研究員で、今回の共同研究のプロジェクトリーダである有永健児氏

このため、同研究では、均一な界面を構築したAu電極の表面に、Auと特異的に結合するチオールを片方の最低部に備えたDNAを構築することで、水中において負の電荷が電極にある場合は反発してDNAが立ち、正の電荷が電極にある場合はDNAの負の電荷と引き合うため、DNAが倒れるという特性と活用している。なお、この動作のために必要な"電極の"電位は±0.2V程度であるが、「溶液中のイオンなどの影響により、全体としては高い電位を実現することが可能」(ミュンヘン工科大学の主任研究員で、今回の共同研究のプロジェクトリーダである有永健児氏)ということだ。

また、この状態の可視化手法として、532nmの波長レーザーで発光する蛍光色素をDNAの先端部に設置した。蛍光色素は電極とDNAが負の電荷同士で反発し合っている状態であれば明るく光るが、電極が正の電荷を持った場合、DNAが倒れ電極に近づくためそのエネルギーが吸収されていき、倒れるほどに暗くなるため、その明るさを調べることで、どのような状態であるかを確認することが可能となった。

電極とDNAの電荷が同じが違うかでDNAが立つか寝るかの違いが生じる

DNAの先端に蛍光色素を付けることで、その明るさにより倒れているか立っているかを認識することが可能となる

DNAの応答をリアルタイムで観察が可能となった(電位をコントロールすることでTUMのロゴなども作ることも可能)

一方のたんぱく質の検出と分析としては、DNAのこうした特性を活用している。たんぱく質は少なくとも3万種類があり、それぞれが20種類のアミノ酸が糸状に配列することで構成されていることが知られている。たんぱく質の機能は、その構造(形)に依存しており、たとえアミノ酸配列が同じであっても、その形状が異なると機能も変化するという特長がある。疾患の際には、大抵の場合、複数の特定たんぱく質が増加することが知られており、今回の研究でも、そうしたたんぱく質を疾患マーカーとして活用することを目的としている。

DNA上の抗体にたんぱく質が結合するとDNAの振れる動きが遅くなることで、どのたんぱく質かを理解することが可能となる

具体的には、DNAの上に形成された抗体と結び付いたたんぱく質の形状や重さにより、DNAの駆動速度(倒れる-立つ)が同一周波数の場合でもたんぱく質ごとに微妙に変化することに着目。その速度応答性により、どのような形状、かつ重さのたんぱく質が結合したのかを理解することが可能となった。

ナノエレクトロニクス研究センターの安藝理彦研究員

1段階の結合のみでたんぱく質の検出が可能となり、かつDNAの特性によりたんぱく質の付着率が従来手法と比べ高くなることから、サンプル量も減らすことが可能だ。このため、同センターの安藝理彦氏は「従来の生化学に基づく検出方法に比べて100倍速く検出が可能ながら、サンプル量は従来比1/100に低減できる。かつ、形状や重さといってものまで判別でき、より疾患の判断の正確性を高められる技術」と説明する。具体的には特定(食中毒など)の症状で生じるたんぱく質の検出については最短で5~10分でその有無を確認できるようになるという。

なお、同技術については、ミュンヘン工科大学の有永氏のインキュベーションチームにてビジネス化が検討されており、すでにミュンヘン・ビジネスプラン・コンペティション 2010(応募総数182件)、独ヘッセン州Science4Life(応募総数62件)の2つのビジネスプランコンテストでそれぞれ上位10件に選出されている。また、独経済技術省(BMWi)による大学、あるいは公共の研究機関からのスピンアウト・ベンチャーをサポートする事業化インキュベーションプログラム「EXIST」によるファンドを受けており、1年半の内に事業化の基礎を固め、その後外部資金などの調達を行い、開発の加速を進める計画としている。

同技術による事業化計画はドイツで開催された2つのビジネスプランコンテストで入賞を果たした

具体的には、現状、同大にて技術評価用のプロトタイプを開発しているが、研究期間などをの共同研究などを各所と進め、技術の普及を目指すほか、技術検証を終えた段階でチップ化した製品の提供を行っていきたいとしている。さらに大量生産段階の時期となった場合には、状況に応じてチップ製造のアウトソーシングや、他の医療メーカーなどと医療現場ごとに応じた機器のカスタマイズにも対応することが検討されているという。