理化学研究所と高輝度光科学研究センター(JASRI)は、自由電子レーザー(Free Electron Laser:FEL)とフェムト秒(fs)レーザーを同期させ、有機分子の光化学反応の初期過程をリアルタイムで追跡することに成功したことを明らかにした。
これは、理研基幹研究所 鈴木化学反応研究室の廖雪兒アジアプログラムアソシエート、小城吉寛協力研究員、鈴木俊法主任研究員、理研とJASRIが組織するX線自由電子レーザー計画合同推進本部による研究グループの研究成果。
同合同推進本部は、国家基幹技術に指定された「X線自由電子レーザー(XFEL)」施設を建設中で、2010年度内のレーザー発振に向けた開発・研究プロジェクトを進めている。XFELは放射光とレーザーの双方の特長を併せ持つ新しい光で、同本部では同光を用いた新しい研究を化学、物理、生命、創薬などの分野に向け展開を図っていく計画で、すでに一部は開始している。
理研もの小型プロトタイプとしてSCSS試験加速器を完成させており、2006年にFEL発振を確認して以降、XFEL実機の開発研究を進めるとともに、理研内外の19のグループが、FELの特長(真空紫外域の波長、高輝度、超短時間パルス光)を生かした多様な利用研究を、2008年度から実施してきた。
FELとfsレーザーを同期させた時間分解測定が実現すると、分子の超高速な挙動をリアルタイムで追跡することが可能となることから、研究グループではSCSSの真空紫外FELビームラインに、基幹研究所から移設した光電子イメージング装置を接続。装置内にピラジン(C4H4N2)と呼ばれる、平面型の芳香族有機分子の蒸気を直径数mmの分子ビームとして導入した。同ビームに「第1の光パルス」として紫外fsレーザー(波長324nm)を照射し、ピラジンを第1電子励起状態(S1状態)に励起させた。
励起の瞬間から、S1状態の分子は光化学反応の初期過程の1つである項間交差を開始、三重項励起状態(T1)に変化する。反応途上の分子中では、電子状態が高速で変化するが、この様子を観察するために第1の光パルスを照射してから数ps~数100psの遅延時間を設け、「第2の光パルス」である真空紫外FEL(波長161nm)を照射、ピラジン分子内の電子を真空中に放出させてピラジンをイオン化した。
放出された電子(光電子)を静電場によって加速し、特殊なスクリーンに投影してCCDカメラで撮影した像(光電子イメージ)は、光電子が真空中に飛び出す直前の電子状態の性質を反映しているため、遅延時間を少しずつ変化させて光電子イメージを観測することは、反応途上の分子内で電子状態が変化していく様子を調べることとなる。なお遅延時間は、紫外fsレーザーとFELが発振するタイミングを、電気パルス信号で制御して変化させた。
実験では、324nmの紫外fsレーザー照射の瞬間(ピラジンが光化学反応を開始した瞬間)から、それぞれ8、58、408ps後にFELを照射、光電子を観測した。反応開始直後(8ps後)には、分子がS1状態であることを示すリングが確認されたが、時間の経過ともに薄くなり、408ps後には消失した。この結果は、項間交差で電子状態がS1からT1へ変化していく様子が、psオーダのコマ送りで追跡観測できたことを表す結果となった。
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反応途上の分子の電子状態をとらえた光電子イメージ。324nmの紫外フェムト秒レーザーを「第1の光パルス」、161nmのFELを「第2の光パルス」として用いた実験結果。3つの異なる遅延時間(第1の光パルスによる反応開始からの経過時間)で測定した光電子イメージを並べて示した。分子がS1状態であることを示すリングが、時間の経過とともに徐々に消失していく様子が分かる |
また研究グループは、"第1の光パルス"の波長を260nmに変更した実験も実施。同じ分子であっても、吸収した紫外光の波長によって、その後に起こる過程はさまざまで、この波長では、多段階の複雑な電子状態変化が起こるが、324nmの実験と同様に追跡観測に成功した。反応開始直後の光電子イメージを解析して得たスペクトルは、反応途上の分子がどのような電子状態でどれだけ振動しているか、という情報まで含んでいる。
今回の研究では、紫外fsレーザーと、真空紫外FELという新しい光の組み合わせに加えて、光電子イメージングにより、psオーダーで起こる光化学反応を追跡観測することに成功した。波長可変な紫外fsレーザーは、さまざまな分子の光化学反応を開始させるために適した光源で、真空紫外FELは、光のエネルギーが大きいため、反応途上のさまざまな分子を容易にイオン化することが可能となる。そのため、この2つの光を同期させた時間分解光電子イメージング法は、小さな気相分子から、DNAを構成する核酸塩基など大きな生体系分子に至るまで、多様な光化学反応プロセスの解明につながる手段と考えられているほか、XFEL実機が発生するX線領域の光では、X線の散乱によって気体や液体中の化学反応のみならず、固体の物性を含むさまざまな物質の動的な変化を追跡できるようになることから、理研では、今回の実験について、XFELとfsレーザーとを同期させることについての実現性と有用性を証明したものといえるとしている。
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