ハッブルやチャンドラといった高精度の宇宙望遠鏡のおかげで、はるか彼方の星団や銀河、ブラックホールらしき天体すら捉えられるようになり、人類にとって宇宙はずいぶん近くなったような気がする。だが、やはり「気がする」だけであって、実際にはごくごく身近な太陽系内の惑星や衛星、月についてすらも多くの謎が残されている。今回紹介する画像は、太陽系内に存在する天体の中でも、とくに謎めいた特徴を持つ海王星の衛星・トリトン(Triton)の貴重な擬似カラー写真だ。

1988年8月24日にボイジャー2号(Voyager 2)によって撮影されたトリトンの南半球部分。緑、紫、および紫外線フィルタを通して撮影された擬似カラー画像。トリトンの鮮明な画像はこのときに撮影された一連のものが最初で最後

トリトンは太陽系内に存在する天体の中で"最も冷たい星"だと推測されている。その外気温はマイナス230度前後、冥王星よりも寒い。写真では南半球部分が明るく写っているが、南極周辺の縁部分がピンクがかっているのがわかるだろうか。トリトンの南半球はこのピンク色の霜で一面が覆われている。

トリトンは海王星の自転の向きと逆向きに公転する、つまり逆行軌道をとる衛星である。逆行軌道をもつ衛星はいくつかあるが、トリトンの直径は約2,700km、これほど巨大な衛星で親惑星を逆向きに回る天体はトリトンだけである。自転周期と公転周期は5.87日とまったく同じ、自転軸は海王星に対して157度も傾いている。このためトリトンの極付近では約40年交代で季節が変わる。この写真の撮影時、南半球は夏まっさかり!のころだったのだろう。ちなみにトリトンの公転軌道はほぼ完璧な円軌道に近く、このような衛星は今のところ、ほかに見つかっていない。

表面は意外にも多彩な表情をもった地形が確認される。ボイジャー2号の調査で、トリトンには氷の火山があることが判明した。マイナス200度以下の環境では、氷の粒すら噴煙や溶岩になるのだ。また、ハッブルの調査によれば、トリトンはわずか10年ほどで2度も温度が上昇したらしい。地球では考えられないレベルの温暖化進行である。多彩な地形と移り変わる季節 - どんなに太陽から離れていても、変わり者でも、トリトンはまぎれもなく太陽の子どもなのだ。

トリトンはその逆行軌道と、海王星からの潮汐力のため、約2、3億年後には海王星に衝突し、粉々に砕かれる運命にある。その前に人類はこの星についてどれほど知ることができるのだろうか。