日本原子力研究開発機構、東北大学、東京大学、京都産業大学らの共同研究グループは、見かけ上、大きな質量を持つ「重い電子」が、作るフェルミ面を直接観測することに成功したことを明らかにした。これにより、重い電子が担う電気伝導の性質をさまざまな金属ごとに判別することが可能になるという。

金属中の電子は、動き回って電気伝導を担う「遍歴電子」と、動き回らずに磁性を担う「局在電子」に分けられる。今回の研究対象である金属はf電子系化合物で、局在電子としての性質を持つf電子が電気伝導を担う遍歴電子と相互作用して混じり合うことで、磁性と共存する超伝導となると考えられているのに加え、見かけ上、通常の電子の10~1000倍ほど重くなったように見える重い電子が発現する。

このf電子が変容した重い電子の物性発現機構を理解するためには、f電子の持つ「2面性(遍歴/局在性)」により生み出された重い電子がどのように動くかを、電子の運動量とエネルギーとの関係(バンド構造、ならびにバンド構造から決定される「フェルミ面」)として把握することが基本となる。

図1:遍歴電子と局在電子の関係の違いにより、フェルミ面形状が変化することに対するイメージ図(遍歴性の強い電子が青丸、局在性が強い電子が赤丸で、両者が作るフェルミ面をそれぞれ青と赤の閉曲線で示している)

金属は固有の形を持つフェルミ面を必ず持っている。各金属の電気伝導の性質がその形の違いとして表れるため、フェルミ面は「金属の顔」と呼ばれており、重い電子が作るフェルミ面を観測できれば、重い電子が担う電気伝導の性質について金属ごとの相違点を精密に研究できるようになるが、これまで直接観測に成功した実験はなかった。

同研究グループでは、大型放射光施設「SPring-8」の原子力機構専用ビームライン「BL23SU」において、見かけ上の質量が通常の100倍以上の重い電子を持つと考えられているCeRu2Si2(セリウム・ルテニウム2・シリコン2)化合物とその関連物質に対して軟X線放射光を用いた「共鳴角度分解光電子分光」実験を行い、Ceの4f電子のの遍歴性の証拠となるバンド構造とフェルミ面の直接観測を試みた。

光のエネルギーをセリウムの3d内殻吸収が生じる値に合わせて角度分解光電子分光測定を行うことにより、4f電子からのシグナルを共鳴的に強めて、4f電子が強く関与したバンド構造やフェルミ面を選択的に観測。共鳴を使わない従来の角度分解光電子分光でははっきり見えなかった重い電子が作るフェルミ面を直接観測することに成功したという。

図2:LaRu2Si2とCeRu2Si2に対する角度分解光電子スペクトル(赤い破線がバンド構造のエネルギー分散の様子を示す。各バンド構造が結合エネルギー0の線(フェルミ準位)をよぎる場所を運動量空間で描画したものがフェルミ面となる)

共鳴領域の放射光励起光と非共鳴領域の放射光励起光の両方を使い、得られたスペクトルを比較することで、フェルミ面における4f電子の寄与を調べることができることが判明し、重い電子が示す電気伝導の金属ごとの性質の違いをフェルミ面の変化により追跡することができるようになった。

図3:CeRu2Si2に対する非共鳴領域と共鳴領域とで測定した角度分解光電子スペクトルから得られたフェルミ面(非共鳴では、図1の青い閉曲線に対応するフェルミ面が観測され、共鳴では図1の赤い閉曲線に対応するフェルミ面が観測された)

また、同実験では、化合物の構成元素の一部を別の元素で置換することによって結晶格子の大きさを変え、これにともなう電子状態の変化に応じてフェルミ面がどのように変化するかを共鳴角度分解光電子分光を使って調べることにも成功している。

同実験の成果により、今後、様々なf電子系化合物においてf電子が遍歴的か局在的であるかを判定する手法として共鳴角度分解光電子分光実験を使うことが一般的になっていくと考えられる。また、重い電子が作るフェルミ面を観測できるようになったことから、今後は、さまざまなf電子系化合物に共鳴角度分解光電子分光実験を適用することで、超伝導や磁性を持つ状態がどのようなフェルミ面を示すかを系統的に明らかにしていくことが可能となる。これにより磁性と共存する超伝導の発現機構の解明が進展することが期待される。

なお、f電子系化合物の超伝導は、磁性が発現する領域の境界付近で数多く見られていることから、今後は、系の磁気的性質が変わった時に重い電子が作るフェルミ面形状がどう変化するかを明らかにすることを目指し、共鳴角度分解光電子分光の温度依存性や元素置換依存性を調べる計画。また、その延長として、同研究グループでは、磁性発現境界付近でどのようなフェルミ面が見られる時に超伝導が発現するのかを系統的に明らかにしていきたいとしている。