07年の東京モーターショーでベールを脱いだ新型インプレッサWRX STI。同日に日産GT-Rも発表されたため少し目立たなくなってしまったが、先に発表されたランサーエボリューション、を追撃するようなタイミングで発表されたわけだ。07年発表のスポーツモデルというとどうしてもGT-Rが話題になるが、一般ドライバーでも購入できてスーパースポーツに迫る走りができるのはランエボとこのインプレッサくらいのもの。コストパフォーマンスはどちらも高い。

WRX STIは07年10月の東京モーターショーでアンベールされた

インプレッサはすでにノーマルバージョンが07年6月から市販されていたが、追加されたトップグレードのWRX STIは各部がスペシャルな仕様になっている。WRX STIは大きなブリスターフェンダーを備えているのがエクステリアの特徴。これはスタイリングに迫力を与えるために採用されたわけではなく、きちんとした理由がある。それはWRC(世界ラリー選手権)で規定されている全幅ぎりぎりまでトレッドを広げて、走行性能を高めるために必要不可欠だったからだ。コーナリング性能を高めるためどうしてもトレッドの拡大は必要。デザイン上の見所はバンパーからフェンダーへと続くライン。もちろんWRX STIの専用のパーツで、シャープなラインがとても美しく描かれている。ここにも機能美が隠されている。空力性能の向上とエンジンルームの冷却を向上させる技だ。フロントバンパーから空気を取り入れて冷却効果を高め、サイドにスリットを設けそこから中の空気を吸い出している。バンパー形状を空力設計することでスリット部分が負圧になって吸い出されるというわけなのだ。

モーターショー会場に展示されたWRX STIは人気を集めていた

WRC用のプロトタイプも展示。新型のWRC実戦投入はまだ先になりそうだ

リヤにはノーマルグレードとは違う大型ルーフスポイラーを装着。これにより強力なダウンフォースを発生させている。さらにリヤバンパー下部にディフューザーを装着しているため、車体下に流れ込んだ空気を整流し排出できる。これらはWRCマシンとしてのポテンシャルを高めるため空力性能に磨きをかけたわけだ。WRCの高速ステージではジャンピングスポットでクルマ自体が飛ぶこともあるわけで、空力を使ったスタビリティ制御は欠かせない。もちろんWRX STIはフロントとリヤともにゼロリフトを達成している。仮にリヤスポイラーを外したとすると前後のゼロリフトバランスが崩れ、走行性能に影響を及ぼすことになるわけだ。

フロントのブリスターフェンダーの造形は美しく迫力がある。ボンネットのエアスクープはインタークーラー冷却用で、ここを含めてボンネットは衝突時の歩行者保護を考えた造りになっている

ルーフスポイラーとデュフューザー、床下のアンダーカバーによってダウンフォースを稼ぎ出す

パワーユニットはスバル独自の水平対向4気筒2Lターボエンジン。基本的には従来のエンジンと成り立ちは同じ。駆動系もシンメトリカルAWD+自社製6速MTというのも従来と同様だが、ついにインプレッサは300馬力をオーバーして308馬力を達成した。ランエボ、が諸事情で280馬力に抑えたため、ランエボとインプレッサのガチンコ対決では、とりあえずパワー面でインプリッサが勝ったわけだ。最大トルクは43.0kgmで変わらないが、高回転域のパワーが向上したのが新型の特徴。パワートレーン系でのハイライトはSIドライブを採用。レガシィと同様のものだが制御方法が違っているという。レガシィのインテリジェントモードは出力を抑えて穏やかな走りをするが、インプレッサはアクセルを深く踏み込むと一時的にスポーツモード並みのパワーで走ることができる。出力特性は穏やかだがトップパワーはインテリジェントモードでも発揮される。

細かなことだがマルチリフレクタータイプフォグランプのデザインも空力を考えてデザインされている。ここからサイドに風を流し、バンパー横のスリットを負圧を発生させて吸い出している

従来はSTIやスペックなどはスクープの高さを上げて、より空気を多く取り込んでインタークーラーを冷却するようにしていたが、新型は直前の前方視界要件をクリアするためにS-GTと同じにしている

フロントバンパー下側に付けられているリップは市販車として使用に不都合がない範囲内でギリギリまで下げられている

リヤフェンダーも大きく張り出しているのがよくかわる。トレッドを広げ、リヤサスをマルチリンク化したのはすべてWRCでの勝利のためだ

フロントフェンダー後部のスリットはもちろんダミーなどではない。ホイールハウスからの空気の整流とブレーキローターのクーリングを向上させている

ルーフスポイラーは意外に小ぶりだがこれでも、キッチリとダウンフォースを発生させているのだという。スポイラーの角度は調整できない

デュアル両側出しのエキゾーストはなかなか迫力がある。エキゾーストノートが静かなのもいい点だ

18インチのオプションホイールは軽量・高強度を誇る専用設計のBBS製。PCD114.3、オフセット55でセンターキャップにはSTIエンブレムを採用している。ホイールのカラーはシルバーとゴールドを設定

リヤブレーキは17インチサイズ。カタログには高性能なブレーキキャリパーとブレーキパッドを採用しているためブレーキの鳴きやブレーキダストが出やすい傾向があるとわざわざ書かれている

ペダルはアルミパッド付きで滑り止めのためのゴムも装着されている

オプションのレカロシート(写真は本革コンビタイプ)は購入時にぜひお薦めしたい。ノーマルもサポート性はいいがレカロのほうがサーキットで高Gがかかったときに正しい操作がしやすい

今回からレカロを選ぶと運転席の入り口には、このようなかっこいいスバルとレカロのコラボを示すプレートが貼られる

オプションの本革コンビのレカロを選ぶと、リヤシートもノーマルのファブリックから本革コンビになる。シートバックは6対4の可倒式

自社製の6速MTのみで、スポーツドライビングができるATの設定はない

SIドライブのS#(シャープ)を選ぶと気持ちいいエンジンレスポンスが得られる。街乗りではインテリジェントモードを選ぶと燃費を稼ぐこともできる

試乗コースは高速サーキットの富士スピードウェイ

スバルがインプレッサWRX STIの試乗コースに選んだのは、なんと富士スピードウェイ(FSW)。高速コースで有名なサーキットを選んだというのはかなりの自信があるからだろう。ここは並みのスポーティカーでは攻めることもできないし、数周でブレーキやエンジンが"タレ"てしまうことも珍しくない。ここを選んだということでWRX STIの開発スタッフの気合いの度合いがわかる。それに試乗会当日にはうれしいサプライズが用意されていた。北海道で行われたWRCラリージャパンの後だったということもあって、なんとスバルのWRCドライバーであるペター・ソルベルグやクリス・アトキンソンが来ていたのだ。それもただ会場で顔を見せるだけではなく、抽選で同乗走行ができるという。超一流ドライバーのドライブで、それもWRX STIの走りが味わえるというのはめったにない。

サプライズゲストはなんとペター・ソルベルグ!! まずは彼のドライビングでコースイン

どのコーナーでも大ドリフト。ペターは富士でのWRX STIの走りを楽しんでいた。彼はWRX STIの開発にもたずさわっている

まず自分が走る前にペターの走りでWRX STIの実力を検証。ラリードライバーだからサーキットのレコードラインを走るというのは最初から期待していなかったが、すべてのコーナーで大ドリフト。それでもトラクションのかかりがいためスピードの落ち込みが少なく、ステアリング操作を見ていても操作量が極めて少ない。それにしても走りは"異常"だ。コース後半はタイトな上りが連続するためスピードも限られから、クルマが壊れるくらい激しく縁石を乗り越える。激しい入力でサスペンションがもげそうになるくらいだ。4輪で縁石の上を走ってもSTIは路面にパワーを伝え続けている。ボディ剛性はもちろん、サスの動きのよさとトラクション性能をペターの走りでもわかった。こうした走りはクルマにダメージを与えるので通常はできないが、スバルのワークスドライバーだから許される走りだ。実はこの同乗走行ではクリス・アトキンソンと同じWRX STIでレースをしながら走っていた。クリスに先行させたペターは、後半のコーナーで抜こうと縁石をカットして走っていたのだ。プロドライバーはこうした"遊び"をよくやるからバンパーが当たりそうなくらい接近しても安心して乗っていたが、最後はプロの業を見せてくれた。最終コーナーでクリスの後ろにピッタリと着けたが、同じマシンだからピットロードに入るところで横に並ぶのが精一杯。すでにクリスはピットロードに入っているが加速したままだ。ペターは横に並んだままピットロードとコースを仕切るコンクリートウォールめがけて突進。コンクリートウォールに当たった、と思ったところでクリスの前にギリギリ滑り込んだ。さすがラリードライバーだ。

前のクルマはクリス・アトキンソンがドライブしている。この後ピットロードでコンクリートウオールに当たりそうなほどギリギリでクリスをパス

ペターの走りに感心してはいられない。自ら走りを確かめないと、というわけでペターにマルチモードDCCD(ドライバーズコントロールデフ)のセットアップを聞くとオートプラスがお勧めだと言う。オートプラスはオートモードに対してセンターデフの差動制限を強めてより高いトラクションを確保するモードだ。オートモードはコーナー進入時にスムーズな回頭性を重視して、コーナー後半はトラクションを高めるというモード。もちろんSIドライブはスポーツシャープでペターお薦めのスポーツプラスでまずはコースイン。ピットレーンでの加速はすばらしく、エンジンも非常に軽く回ってくれる。この加速感と伸びは今までのインプレッサでは味わったことがないものだ(実は後日一般道で試乗する機会があったが、パワー感と高回転域の切れには差があった。個体差なのかは不明)。以前のタイプCでもここまでの切れはなかった。レッドゾーンの8000回転まで引っ張ってシフトアップしていけば、本当に強力な加速感が連続する。あっという間に1コーナーだが軽いブレーキングでしっかりと減速でききる。速度リミッターが解除されていなかったため180km/h(メーター読みでは195km/h)からの減速だがしっかりしていて安定感もある。ブレンボのブレーキシステムはブレーキに負担がかかる富士スピードウェイで極めて安定した制動力とコントロール性を発揮。コーナーへの進入でブレーキを軽く残してクルマの姿勢を制御するということもペダルタッチがいいため簡単。安心してコースを攻めることがきる。

試乗車のほとんどは速度リミッターが装着されていたのでこのあたりのストレートスピードはメーター表示で195km/hほど

リミッターがなければ富士のストレートエンドでは230km/hを記録できるらしい

ストレートのタイム表示には"STI"と書かれている

リミッターの制御がよく、その存在がわからないほど。直進安定性は抜群でステアリングに指を添えているだけでずっと走りつづけられる。高速域でも遮音性はいい

高速コーナーでの回頭性はとてもよく、トラクションのかかりもいい。ただし、ペターお薦めのオートプラスはドライビングスキルが高い人でないとちょっとコントロール性が悪い。いやコントロール性が悪いのではなく、ドライバーのミスが悪いのだが…。というのはオーバースピード気味でコーナーに進入してしまったり、アクセルをラフに操作してしまうとアンダーステアを出しやすい。どちらもドライバーのミスだが、クルマがミスをカバーするということはない。だが、モードを変えてオートマイナスにすると限界領域の許容範囲が広がる。オートマイナスはオートモードに対してセンターデフの差動制限を弱めてよりシャープな回頭性をもたらすから、多少のミスでも修正しやすいため走りやすいのだ。ドライビングスキルが高ければ作動制限を高めたオートプラスのほうがトラクションのかかりがよくなるが、このモードでミスをするとはっきりと挙動に現れる。だれでもクルマを乗りこなしている感じが味わえるのはオートマイナスだ。

この後ストレートエンドでブレーキングをするが、高速域からのブレーキでも挙動は安定したままのため安心していられる。キャリパーが開くようなことはなく、ノックバックもないため一発目からペダルを踏める

この試乗会では絶え間なくドライバーが代わり試乗車をクーリングする暇はなかったが、それでエンジンブレーキ共にまったく音をあげなかった

こうしたインプレッサのドライビング感覚は、従来と同様でドライバー中心の考え方。走ったコースが違うからランサーエボリューション、と横比較は難しいが、感覚的にはドライバーのミスをカバーして極めて高い運動性能を多くの人に味わわせてくるのがランエボ、という感じだ。それだけにインプレッサWRX STIはドライバーのドライビングスキルで楽しみ方に大きな差が出る。ランエボのSSTの走りも楽しいが、WRX STIの6速MTを駆使して走るのも文句なしに楽しい。07年同時に進化したランエボとWRX STIだが、今度のモデルもガチンコのいいライバル関係だ。

ブレーキがいいためブレーキングポイントを奥に取ることができる

なんと07年のWRCラリージャパンで実際に走った"0カー"も登場

展示されているだけかと思ったら0カーもコースを走るという。ドライバーはクリス

ギヤレシオやタイヤがラリー仕様のままだったがクリス(中央奥のブルーのTシャツ)が全開アタック。乗り終えてピットに戻るとペターや07年に2回目のPWRCワールドチャンピンに輝いた新井敏弘(ドアにもたれかかっている人物)とマシンについて熱心な会話が交わされていた

水平対向の低重心をより際立たせるため、なるべく低くマウントできるようにエキゾーストなどもギリギリまでクリアランスを詰めている

エンジンブロックの剛性も高められている

308馬力のパワーを実現するために高強度アルミ合金製鋳造ピストンとタフトライド処理を施したクランクシャフトを採用

丸山 誠(まるやま まこと)

自動車専門誌での試乗インプレッションや新車解説のほかに燃料電池車など環境関連の取材も行っている。愛車は現行型プリウスでキャンピングトレーラーをトーイングしている。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員
RJCカー・オブ・ザ・イヤー選考委員