【レポート】TRONプロジェクト20年を迎えた坂村健教授「今は3度目のチャンス」

      [2003/07/29]

    東京大学大学院 坂村健教授
    東京大学大学院情報学環の坂村健教授は、東京大学安田講堂にて「ユビキタスコンピューティングの未来を目指して TRONプロジェクトの20年」と題する特別講演を行った。

    あちこちの講演会やセミナーに講師として引っ張りだこ、そして自身のプロジェクト「T-Engine」「ユビキタスIDセンター」では記者会見に追われ、ますます多忙な坂村氏だけに、実は東京大学で講演をする機会はあまりないという。この日は演題に「TRONプロジェクトの20年」とある通り、数々の苦労がしのばれるコメントも多かった。

    まず坂村氏は、TRONという名称について「The Real-time Operating system Nucleus」、すなわち「リアルタイムOS(RTOS)の核」を表す言葉であることを述べ、タイムシェアリングOS(TSS OS)との違いを説明する。「TSS OSは時間に従ってタスクを切り替えているが、RTOSはイベントの発生と優先度に従ってタスクを切り替える。RTOSはエンジンの爆発の制御といった、待ったなしの物理現象を相手にするOSなので、マイクロ秒以下のタスク切り替えが求められる。これはWindowsやUNIXのようなTSS OSにはどうがんばっても無理」と、タイムチャートを見せて解説した後に「これはWindowsやUNIXが悪いということではなく、もともと設計が違うということ。世の中はあまりこういう根本的なところに目を向けてくれない」と付け加え、人々はすぐに"TRON vs Windows"といった図式を作りたがるので困る、と話す。根本的に異なるものを比較しても仕方がないということだ。

    RTOSとTSS OSの違いを示し、制御用としてはRTOSが必須であることを説明

    坂村氏によると、組み込みコンピューター用の仕様「ITRON」は「かなり教科書的なつくり」をしているということで、実際に海外の大学では、ITRONの仕様書がリアルタイムOSを学ぶときのテキストとして使われている例もあるという。一方、PCやワークステーション用のOS仕様である「BTRON」は「かなり飛んでいる」設計で、アクロバティックなアイデアが詰まっているという。それは例えば、ツリー型ではなくリンク構造を持つネットワーク型のファイルシステム「実身/仮身モデル」であり、画面上だけでなくキーボードユニットまで仕様を定めた特徴的マン-マシンインタフェースである。

    特にTRONキーボードについて、以前のものは数千台作っただけで終わってしまったが、坂村氏は「(TRONキーボードの製作は)もう1回やろうと思う。CADの発達で、昔に比べればだいぶ安く作れるようになった」と語る。そもそもBTRONの発想自体「PC用OS」ではなく「コミュニケーション・マシン用OS」を目指したといい、人間と機械の接点となる部分を設計するものだとしている。「欧米は文字の種類が少ないからキーボードに抵抗がなかったというが、アメリカでもタイプライターの普及には50年かかった。しかも、QWERTY配列というのはタイプライターのアームが絡まないように改悪した配列。マン-マシンインタフェースは身体の健康にかかわる問題で、コンピューターの登場以前にはキーボード文化のなかったアジア圏でこそ、人間工学に基づいた理想的なキーボードを普及させるべき。それなのに、産業界は"グローバルスタンダード"という名の"アメリカ式"を選んだ」

    BTRONの大きな特徴である「実身/仮身モデル」やTRONキーボード

    坂村氏は、"アメリカ式"のやり方を批判することが多いようにも見える。しかし「私は決してアメリカ嫌いではない。むしろアメリカはすごいと思っている」と強調する。「アメリカの何に感心するかといえば、一番最初にやるということ。つまり真似をしないということ。昔から私が何か発表すると『アメリカでその技術は使われているんですか』、『アメリカの規格と違うけど大丈夫ですか』、こんなことを何回も何回も聞かれたが、そんなにアメリカが好きなら『一番最初にやる』ということを真似すればいいのに。優れたビジネスモデルほど、二番煎じは成功しない。シリコンバレーが成功したのを真似て日本全国に『何とかバレー』ができたが、どれも成功していない」

    ユビキタス社会の実現に向け、さまざまな技術の開発や規格作りに取り組み、熱を上げる坂村氏。なぜいま再び、ここまで情熱を燃やせるのか。「何か新しいことが起きるそのとき、いかにイニシアチブを取るかが重要。標準を取れるチャンスというのは、そうたくさんあるわけじゃない。50年のコンピューターの歴史の中では、数えるほどしかない。TRONの場合、これまで20年間やってきて、チャンスは2回あった。まず、組み込みコンピューターの世界標準というチャンスが1980年代初頭にあった。これはうまくいった。もうひとつは、1990年代に起こったPCとインターネット。ここでは残念ながら、我々は標準を取ることはできなかった」そして、21世紀になってようやく回ってきた3度目のチャンスが、ユビキタスコンピューティングというわけだ。

    ユビキタスIDセンターのロゴが付いたモノが身近に登場するのも近いのか

    「PCでは標準を取ることはできなかったけれども、PCが重要だということは気が付いていた。この『気が付く』ということも非常に重要。標準というのは、普及する前に気が付かなければならない。みんなが使うようになってから標準化を言い出しても既に手遅れ。ところが、普及する前の戦いは苦しい。20年間標準化をやってきて、本当に苦しかった。ただ、今日ここで『ひどい目に遭った』という話だけをすると、退官記念講演みたいになってしまう(笑)。大学にはもう少しいるので、未来を見据えていきたい」と、坂村氏はやや興奮気味に、いまユビキタスに取り組む意味を力説していた。

    (日高彰)

    【レポート】T-Engine OSのソースは11月に公開 - 第6回組込みシステム開発技術展より
    http://pcweb.mycom.co.jp/news/2003/07/10/09.html

    ユビキタスID初の認定ハードウェア発表 - 野菜の生産情報を追跡する実験も
    http://pcweb.mycom.co.jp/news/2003/06/24/10.html

    トロン協会
    http://www.tron.org/

    T-Engineフォーラム
    http://www.t-engine.org/

    ユビキタスIDセンター
    http://uidcenter.org/

    東京大学大学院情報学環・学際情報学府
    http://www.iii.u-tokyo.ac.jp/

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