○研究世界とコマーシャル世界の違い
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| GTプロジェクトのリーダーとして、プロジェクトの牽引役となってきた東京大学田村毅教授 |
最先端の研究成果と商業的コマーシャリズムの間には、少なく見積もっても、10年くらいの時間の開きがある。遺伝子工学、科学技術、医療技術などの理系的な学問だけでなく、歴史、文学の世界においても同様である。
この時間の開きこそが、学問が「象牙の塔」で行われている、と揶揄される所以なのだが、商業的なコマーシャリズムと、純粋学問で構築される理論とは、基礎研究と応用というように区別がされていて、互いに補い合う存在である。
学問とコマーシャリズムを比較すること自体、あまり意味のないことだ。基本的に基礎研究が行われて、何年かすれば、それが実用化されて社会に還元されるわけである。学術研究は社会に還元されるまでにたいへんな時間がかかるが、逆にいうと、学術研究で行われていることは、一般社会よりも、10年未来の世界を指向しているということでもある。
○まるまる5年かけて作られたGT書体
今回発表されたGT書体は、平成7年(1995年)度日本学術振興会産学共同研究支援事業「人文系多国語テクスト・プロセシング・システムの構築に関する研究」に始まる、長いプロジェクトの成果だ。
翌平成8・9年(1996・1997年)度には、日本学術振興会未来開拓学術研究推進事業「マルチメディア通信システムにおける多国語処理研究プロジェクト」に受け継がれ、2000年に至るまるまる5年をかけて研究された。そして、7月28日に、学術研究用の大規模文字セット「GT書体」として、正式発表されたのである。
紆余曲折を経て誕生した発表会は、もはや喧噪も怒号も、進行を中断する長い質問も行われない、静かな展開となった。取材をしていて驚いたことは、すでにGT書体のもたらすインパクトは、充分に浸透し尽くしている、とでもいうような共通認識であった。もちろん、GT書体の中身への評価はこれから長い期間をかけて行われていくのだが、GT書体というプロジェクトの提示した大規模文字セットの必要性の提案は、この5年の間に広く浸透し終えていたといえるのだろう。
○変貌し続けたGTプロジェクトの紆余曲折
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| GTプロジェクトで漢字を監修した山口明穂・中央大学文学部・教授。画数のわかる書体への強い熱望を実現した |
1995年の研究スタート以来、このGTプロジェクトは、さまざまな紆余曲折を経て進化してきた。そもそも、最初は、「東大明朝」として、多国語を処理するための基礎としての日本語研究用文字コード体系として準備していたものだが、学術振興会による支援が行われたことで、名称がGT(Gakujutsu Todai)明朝に変更。スタート直後には、文字は単にコードだけを割り振っても、研究用としてさえ役に立たないことが判明し、実際に書体フォントの構築までを行うプロジェクトへと進化した。
研究が進むうちに、研究用の書体とするためには、文字の画数を明解にすることが必要と、日本語漢字監修を担当した山口明穂・中央大学文学部・教授(東京大学名誉教授・国語学)がかじ取りを行った。
1998年6月には、画数が明らかになるように新規の書体を作成する「GT新明朝」、そして「GT書体」プロジェクトへと、名称が変わった。従来から進めていた「明朝体」(通常の活字/写植文字で使われる飾りのある文字)では、文字の画数がよくわからなかったのである。それまでおよそ3年かけて作られた6万字を超えるフォントは、このときにすべて廃棄され、全面的に作り直されることになった。
学問的な価値は金銭には還元できない。学問的な価値の評価も、単に今日だけの評価では行うことができない。ついに発表になった現在から振り返ってみれば、「明朝体」から「画数のわかる書体」への大転換こそ、GT書体が、純粋に学問的な価値を高めた瞬間であったといえるだろう。
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| GT書体のCD-ROMに、TrueTypeフォントの形で納められたGT書体。このまますぐにWindowsやMacintoshで使用することができる。フォントはフリーということなので、やがて配布されるようになるだろう |
○さまざまな議論も巻き起こった
GTプロジェクトが方向性を模索している一方、GT書体がデザイン要素を排した文字書体を新規に作成したことや、新規書体の作成によるプロジェクトの遅れなどの理由から、GT書体を批判する声も大きくなった。いわく --6万字も文字があって、それがスタンダードになれば、書体デザイナーの仕事は激増してしまう、GT書体は美しくない、いつできるかわからない-- などである。
研究とは、完成してこその研究なのであるし、そのスパンが商業的コマーシャリズムに影響されなければならない理屈はない。だいたい、そもそも文科系の研究が、わずか5年で成果を出したことのほうが、驚くべきことといってもいいくらいなのだ。
現在存在するもの(たとえばJISコード)とこれから作るもの(GT書体)を、同じ土俵で比べること自体が、そもそも問題だったのである。
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| GT書体の冒頭部分と、最後の部分。これが6万6000字の全貌である |
○大規模文字セット、続々登場
GTプロジェクトは、大規模文字セットの必要性を訴えながらプロジェクトを進めてきたこともあり、それに対応した産業界などからの反動にも、敏感に影響された。10年経って昔話になった頃には、1年の違いなどはまったく意味をもたないかもしれないが、もしそうした影響がなかったとしたら、GT書体は少なくともあと1年は早く完成していただろう。
GT書体が発表直前で足踏みをしていたいっぽうで、従来のJIS漢字コードでは充分に書き表せなかった文字を網羅した、大規模文字セットが相次いで登場してきた。今昔文字鏡、e漢字、JIS第三、第四水準、そしてUNICODEである。これらは、商業的、あるいは工業的、世界統一市場化などのニーズによって開発された大規模文字セットであった。
このような、多数の大規模文字セットの登場は、好むと好まざるとを問わず、次世代のコンピュータの文字環境は、大規模文字セットを使うものに進化する必要性を強くアピールすることになった。GT書体の提示した問題提起が、社会を動かしたのだ。
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| GTのサブプロジェクトとして、さまざまな古典などの研究データベース作りも行われている。これは中国製の中国古典データベース。これに匹敵するものを日本でも構築するという |
○GT書体による間接的な2つのメリット
現在のところ、GTプロジェクトによって、コンピュータ産業界およびエンドユーザーが直接得られたメリットとしては、次の2つが挙げられる。1つめは、繰り返しになるが、漢字を表現するには大規模文字セットは不可欠である、という共通認識を得る契機となったこと。
もう1つは、大規模文字セットに優劣はなく、ニーズによって作られたものをニーズによって使い分ければよく、既存のどれもニーズに適合しないのであれば自ら作ればよい、という相対主義が確立したことであるといえる。
○完成したGT書体の今後の展望
今後、完成したGT書体は、産業界、およびエンドユーザーに対して、どのような位置づけになり、どのようなメリットをもたらすのであろうか。いくら学術研究が象牙の塔で行われるとしても、最終的にそれが社会に還元されて役に立たないのでは意味がない。GTの遅れから、大規模文字セットのスタンダードは今昔文字鏡に移った、などという意見もある。
まず、第一点としては、「完成したGT書体は、フリーで提供する」(GTプロジェクトリーダー、東京大学田村毅教授)という直接のメリットが挙げられる。
第二点としては、将来のグローバルスタンダードとしての位置づけである。他の大規模文字セットに較べて公開が遅れたとはいえ、産業界およびエンドユーザーが求めているのは、次世代のグローバルなスタンダードなのである。GT書体は、文字の画数がわかるという点で、きわめてスタンダードを意識した書体である。「単に、文字を集めただけでなく、あらゆるコード番号を収録している」(田村教授)という点でも、資料的な価値が高い。こうしたデータは、CD-ROMつきのデータブックとしてまとめられて、この秋以降に小学館から出版される予定だという。
今後、このGT書体をベースに、明朝体やゴシック体など複数の書体がそろうことで、長期的に見れば、漢字コードとしてGTは広く使われていくのではないだろうか。広く使われていくのではないだろうか、というのは、別に筆者の希望的な予測ではない。GT書体の発表会には、日本最大の印刷会社や、フォントメーカーなどがそろっていたのである。GT書体がそうしたところでスタンダードとして認められる可能性は高い。
第三点としては、すでにいくつか行われている研究成果への影響や、今後の研究への応用である。「東京大学では、所蔵する膨大な和古書分類目録などを、GTフォントによって構築し、データベース化を完了している」(東京大学 長島弘明教授)ことを発表した。書体やデータが蓄積され公開されていくことによって、GT書体の価値は高まり、10年を経ずしてITにGT書体が使われていくようになるだろう。研究者が使うということは、10年後には社会全体が使うというようになるものなのだ。
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○Windows、Macintosh、そしてまもなく登場する「超漢字」BTRON
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TRONプロジェクトリーダーでもあり、GTプロジェクトのメンバーでもある坂村健教授。GTの「超漢字」への搭載を、強い口調で確約した |
当日フリーで配布された「GT書体フォント2000 漢字66,773字セット」CD-ROMには、Windows/Macintosh用のTrueTypeフォントという形でGT書体が含まれていた。GTプロジェクトのメンバーであり、漢字能力に抜きん出た性能をもつBTRON-OS「超漢字」で知られるTRONプロジェクトリーダーの坂村健東京大学教授は、「1週間か1日で、超漢字にGT書体を搭載します。そして、実際に使えるようになったBTRONを使っていただくと、BTRONはなんていいんだろうと、いやというほど思い知ることになると思います」と締めくくった。
実際、Windows/Macintoshで使うGT書体は、フォント切り替えによって書体を切り替えているので、検索などの点では無理も多い。TRONでは、GT書体を、TRONコードの一部に埋め込んでしまうため、検索などの問題は起こらないのである。「超漢字」は、1999年11月に、大規模文字セットの今昔文字鏡をいち早く搭載して発売され、2000年7月には、今年発表になったばかりのJIS第三、第四水準を搭載して「超漢字2」にバージョンアップしたばかり。1週間はリップサービスとしても、年末には「超漢字3」として、GT書体を搭載したBTRONが登場することは、充分に期待してよいだろう。
(美崎薫)
漢字六万四千字のフォントセット公開に向けて
http://www.murasakishikibu.co.jp/jfont/index-j.html
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【レビュー】文化系のためのコンピュータが実現する「超漢字2」
http://pcweb.mycom.co.jp/news/2000/06/30/05.html
【レポート】見えてきた次世代漢字環境
http://pcweb.mycom.co.jp/news/2000/03/21/08.html
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