人気アニメ『機動警察パトレイバー』シリーズを完全新作実写映画化した『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦』。同作は今年5月に劇場公開されたのに続き、10月10日より約27分の未公開シーンを含んだディレクターズカット版が公開になる。

そこで今回は、同映画の中にも登場する"光学迷彩"を実際に研究している、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)の稲見昌彦教授に、研究者から見たパトレイバーをはじめとするSF作品で描かれる近未来の技術の実現性について話を伺った。

慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD)の稲見昌彦教授

――この作品をご覧になった感想を教えて下さい。

"熱光学迷彩"がこんなに前面に出てくる映画は初めてかもしれませんね。そういった点において、その研究に携わるひとりとして純粋にうれしかったです。また、ストーリー展開として、専守防衛だからこそ熱光学迷彩が意味があるんだということが描かれているのが興味深かったですね。

――今回の作品の中に登場する、光学迷彩技術を搭載したヘリコプター「グレイゴースト」は、技術的に見て実現できるのでしょうか。

"グレイゴースト"は確か液晶パネルで覆われているという設定だったと思うのですが、ふつうの液晶パネルで覆うだけだと劇中に出てくるように消すことは困難です。ただ、今"ライトフィールドディスプレー(光線群ディスプレー)"と呼ばれているものの研究が進みつつあるんです。これは、いわゆる立体ディスプレーのもうちょっと未来のかたちの技術で、その技術をうまく組み合わせてあげると、そんな遠くない将来に"消えるヘリコプター"ができる可能性があると思いますね。

――遠くない未来というのは10年ぐらい先と考えていいのでしょうか?

そのくらいかもしれませんね。ただ、その場合に問題になるのはディスプレーの明るさなんです。現実的には、太陽に負けないぐらい明るくて、きちんと全方向に映像を出すことは容易ではありません。ただ、ヘリコプターの外側を透明化するのではなく、コクピットの内側を透明にしていく技術に関しては実はもう実用化が始まりつつあります。これを簡単に表すとしたら『新世紀エヴァンゲリオン』のコックピットから機体の外が全部見える様子を想像してもらうと分かりやすいかもしれません。

――光学迷彩のように物を透明に見せる技術は、軍事以外の利用ではどのようなケースが考えられるのでしょうか。

大きく注目されているのが医療分野での活用ですね。身体の中が透けたかのように見せることで、手術範囲を狭くできる可能性があるんです。例えば乳がんの手術でもあまり切り取らずに済むかもしれないとかそういう応用が考えられていますね。

――この作品のような近未来を描いた映画はよくご覧になるんですか?

よく観ますね。『パトレイバー』シリーズは大好きで、これまでに公開された映画版もすべて見ていますし、研究室にも漫画が置いてありますよ。私がよく研究発表を行なっている「SIGGRAPH」というコンピュータグラフィックスに関わる学会があるのですが、そこのフィルムショーで紹介される最新のCG技術を用いた作品を見るのをいつも楽しみにしています。

特に、私の研究している分野の研究者たちはSF映画好きが多く、映画『パシフィックリム』が公開されたときなんて、「ふたりでひとつのものを操作する」という操縦装置のコンセプトが面白いという話なんかもしましたね。

また、我々研究者にとって、SF映画はアイディアの源にもなっているんですよ。そして、研究における共通言語にもなっています。例えば研究者どうしで「こういうものを作りたい」とか、「こういうものをやりたい」という話し合いをすることがあったとします。同じような分野の研究をしている同士であれば良いのですが、まったく別の分野の研究を行なっている人同士の場合、同じ研究者であっても専門用語が伝わらないことがあるんです。そんなときに例えば「攻殻機動隊に出てくる熱光学迷彩のようなもの」とか「アイアンマンのパワードスーツのようなもの」と、コンセプトを伝えるメタファーとして映画を例に話すと相手に伝わりやすいんです。

――こういった作品に出ている最新技術について、正直、技術的には現実的にあり得ないけど発想が面白いなど、最新技術を開発するヒントになると思うこともありますか?

(現実的には)あり得ないけれども、そういうのが我々の夢であり、(人々が)求めているものなのかという潜在的なニーズを知る上での参考になります。たとえば、「ドラえもん」という作品でいうと、あれは技術としては具体的に何も作品内には出てきません。しかし、そういった"未来の道具"ができたときに世の中はどのように変わるのかを可視化している作品なんだと思うんです。

――人々が思い描くニーズを知ることができるんですね。

面白いことに、技術的な動向でいうと、最近はむしろその逆も出始めていているんです。映画『アベンジャーズ』に出てくる空飛ぶ超巨大空母・ヘリキャリアが透明になるシーンで「再帰性反射パネル展開」というセリフが出ているんです。実は、この"再帰性反射材"というのが私の行なっている光学迷彩の研究のキーデバイスで、このセリフは映画のリアリティーを上げるために使われているんですよ。要は、最新技術の研究とSF映画の世界は相互作用が起き始めているということですね。

――つまり、SF映画内の"未来の技術"が現実的になってきているということでしょうか。

そういう意味では、今一番過渡期と言えるのではないでしょうか。ロボットの研究においてもそうなのですが、もしかすると、日本の研究の面白いところはそうした相互作用が非常に強く働いているというところかもしれません。ヨーロッパではそういった点は明確に分けるべきだと言っている研究者もいますが、日本の研究者は無理して最新技術の研究とフィクションの世界を分けようとしないんですよ。なので、海外の研究者から「日本はそのへんが曖昧で楽しそうだよね」って言われることもあるくらいです(笑)。

――日本の研究者にはそういった特徴があるんですね。

素直に「自分がつくってみたい」と思ってしまうからかもしれませんが(笑)。以前、映像クリエイターの方が、良いSF作品のキーポイントは「95%のリアルと5%のフィクションをどう混ぜるか」と言っていたんです。そういう意味では、我々研究者の役割は第一にその5%をどうリアルに近づけていくか。そして、次にその95%を種に次の研究を構想する。意外とお互い目指す世界はそんなに違わないんだというのが、最近いろいろな方とお話をする機会が増えて感じているところですね。研究者のほうからSF作品の制作者の方にお話を聞くこともありますから。

――これまで見たSF作品の中に出てくる技術で、今は不可能だけども、可能になったら面白いという思う技術はありますか?

映画『ベイマックス』のマイクロメカのロボは、あり得るんじゃないかと思っています。エネルギー供給をどうするかという問題はあるのですが、小さな要素を組み合わせて自己合成していくようなロボットというところで考えると、今まさに最先端の研究がキャッチアップされています。現に、あの作品には最新技術の研究者たちが情報を提供しているんですよ。

――最新技術を研究している人たちがエンタテイメント業界の方たちと協力しあうことで、すごくリアルで面白い作品に仕上がっているんですね。

そっちのほうが楽しいと思いませんか? それが恩返しでもあるんですよね。小さいころから映画とかSF作品に親しんで、そういうものを実際につくりたいと思って今の自分がいるわけで。もちろん学校でそういった最新技術を教えることもひとつの方法ですけど、自分がお世話になったような作品の制作に協力することで、それを見た若者たちが、SF作品に出てきたものを実際につくってみたいと思うことがすごく意味のあることだと思っているんです。

――最後に、理系の学生や技術開発を将来やってみたいという若者に対して、この作品をどう観たらいいか教えて下さい。

基本はツッコミですよ。それが良い研究者になる一番の秘訣なんです(笑)。嫌な言い方かもしれないですけど、ちゃんとツッコミを入れながら見ると、「自分ならこうすればいい」というアイディアが出てくるんですよ。ツッコミは新しいアイディアの基本なんです。研究者に一番大事なのはツッコミ力だと私もまずは学生たちに言っています。

稲見昌彦
慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授。博士(工学)。東京大学助手、電気通信大学教授、MITコンピューター科学・人工知能研究所客員科学者等を経て2008年4月より現職。自在化技術、Augmented Human、エンタテインメント工学に興味を持つ。現在までに光学迷彩、触覚拡張装置、動体視力増強装置など、人の感覚・知覚に関わるデバイスを各種開発。米TIME誌Coolest Invention of the Year、文部科学大臣表彰若手科学者賞、情報処理学会長尾真記念特別賞などを受賞。超人スポーツを提唱。超人スポーツ協会共同代表。

『THE NEXT GENERATION パトレイバー 首都決戦 ディレクターズカット』は10月10日公開。

(C)2015HEADGEAR/「THE NEXT GENERATION -PATLABOR-」製作委員会

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