電王戦はきたるべき社会の縮図

山本一成(やまもといっせい) ponanzaの開発者。第2回将棋電王戦で佐藤慎一五段を、第3回で屋敷伸之九段を破る快挙を成し遂げた。電王戦FINALでは村山慈明七段に挑む

山本 電王戦タッグマッチ優勝おめでとうございます。いまさらですけど、一応私のponanza (ポナンザ) も勝ったということで (笑) 。

西尾 自分が出場してみて思ったのは、棋士はああいったタッグマッチ形式でやることに関して、どういうふうに戦術を練ったらいいかまだよく分かってないということでした。ソフトの手を選ぶか選ばないかは人間の意思決定なので、そこはそんなに問題ではないと思っていました。ponanza がいい手を差し示してきたと思ったら、それを選べばいいっていう感じでやっていたんですけど。

山本 西尾さんは事前にフラッドゲート(※)でいろんな棋譜を見ていたようですね。各ソフトの個性みたいなものはだいぶ分かっているのではないですか。

西尾 フラッドゲートは普段からよくチェックしています。ただ膨大な棋譜のすべてを見ることはできないので、いかに自分のほしい情報をうまく取り出すかが大事だと思っています。

山本 コンピュータ将棋に詳しい西尾さんは、電王戦ファイナルの出場棋士にサポートをされてますよね?

西尾 現状は、サポートというよりパソコンの使い方を教えているという状態です(笑)。棋士はこういうことが得意ではないと痛感しました。興味は持っていても具体的にどう使ったらいいのか迷ってるところがあるのではないでしょうか。棋士の間で価値観の差みたいなものは感じます。やっぱり若い人のほうが柔軟性があって、奨励会員とかは皆よく使っているという話を聞きます。

※フラッドゲート: インターネット上のコンピュータ将棋の対局場。参加している将棋プログラムが自動でマッチングされ、対局が行われる( http://wdoor.c.u-tokyo.ac.jp/shogi/floodgate)。

ソフトは人間を超えられたのか

西尾明六段

―― 森下卓九段は大晦日に電王戦リベンジマッチを戦いましたが、ヒューマンエラーさえなければ、現時点では技術で勝てると言っています。西尾六段はどういう認識ですか。

西尾 電王戦は、事前にソフトの貸し出しというルールでやってますけど、それがない状態で戦ったら、ほぼきついだろうなと考えています。

山本 逆に付け入る隙はどういった点があるのでしょうか。

西尾 付け入るところは確かにあると思いますね。コンピュータ将棋は明らかに構想が甘い方向にいってしまう部分がありますから。ただ、将棋ってゲームツリーがすごく広いので、たとえ0.01%のところのコンピュータの構想ミスを見つけても、実際に人間が戦うときに、その確率を引く可能性なんてほとんどないわけです。

――電王戦に出場した棋士の中には、ソフトは中盤がものすごく強いけれど、終盤では意外に間違えることがあると言っている人もいます。

西尾 神様じゃないわけですから、もちろん間違えることもあるでしょう。でも序盤も中盤も終盤もレベルは高いと思いますよ。コンピュータが間違えるといっても、比べてみれば、人間のほうがミスが多いだろうという話になります。そのあたりを総合するとソフトは強いなという感じはします。

山本 これは私見ですが、大雑把にいうと、場面場面で正確で深い読みをしているほうが強いんですよ。人間は、目的や構想を決めて、それを実現するにはどうすればいいかというふうに様々な方向へ読みを進めていきますよね。終盤を例に取ると、自玉はいま絶対に詰まない形だから、相手玉に詰めろさえ掛け続けられればいいとか。そうやってじょうずにルール化して読むことができるのが人間なんです。それに対してコンピュータは、ブルドーザーのように膨大な探索で読んでいくので、構想が難しい中盤戦だと、人間はコンピュータに読みの深さで負けてしまうんです。だからコンピュータは中盤が強いなっていう認識になるのだと私は思ってるんですけど。

西尾 それはそう思います。棋士の立場からいうと、選択肢が多くて読みのツリーが横に広がる局面ですごく難解さを感じます。候補手が1つか2つしかなく、枝葉が分かれず変化が一本道な局面であれば、棋士も相当深くまでは読んでいけるんですけど……。第3回将棋電王戦で豊島七段が勝ったように、直線的な順に入っていければ人間もかなり強いです。

――序盤はどうでしょうか。コンピュータとの研究で、いい手があっても人間にはすぐには取り入れられない。違和感があったりとか、その場面ではいい手でもそれまでの流れで考えるので、アイデアをすぐに取り入れることはできないんだと言った棋士がいらっしゃいましたが、西尾さんはどう思われますか。

西尾 人間にとっていい手というのも、時代とともに変わっていくと思うんですよ。例えば横歩取りで△5二玉と上がって△6二銀~△5一金という松尾新手が昨年の升田賞を取りましたけど、私の目には初めて見たときとても違和感があった。でもいまは当たり前みたいな感じになっている。見慣れることによって価値観が変わったりもするので、これが正しい構想だとかそういうのは存在しないと思っています。

――固定観念を捨てて柔軟に局面をとらえないといけないということですね。

西尾 そうですね。私がコンピュータ将棋を見るのが好きなのは、そういう一切の価値観を取っ払ってくれる新鮮な手がたくさんあるからです。例えば矢倉戦などでいきなり新手を指せっていわれても、人間はなかなか難しいんですよ。やっぱりいままでの価値観が邪魔するので。コンピュータ将棋はそういうところを手助けしてくれる存在なのかなと思います。

山本 ponanzaは最近、飛車先を突かれたときに△3三金と指すのが好きみたいなんです。人間の感覚ではあんまりいい形じゃないですけど、それなりの取引があるのなら耐えられるんじゃないかみたいな判断をしている。こういう手はやっちゃいけない形だと教わってきたわけですが、局面によってはありなのかと思えてきました。そういう手が増えています。

西尾 △3三金・△4三金・△3二銀・△2二玉の囲いってすごい悪形に見えますが、意外に戦えたりします。公式戦で千田翔太四段が指してましたね。イメージとしてそういう形にしづらいんですけど、そういうところを開放していくとアイデアはどんどん出ると思います。

山本 △3三金型は、▲4五桂と跳ねられたりするとダメだけど、▲2五歩・▲4五歩と突いてある形だったらそんな簡単ではない。何が何でも一緒くたに悪形っていうのが強すぎたのではないかと私は思ってるんですけどね。