レスラーの叫びが、リングとマットのきしむ音が、しんと静まり返った埼玉県蕨市の道場に響き渡る。2012年6月22日、夜。中学生から大人まで幅広い層のレスラーが活躍する「アイスリボン」が、「19時女子プロレス」を行っていた。観客はいない。ただこの様子は、Ustreamで全世界に生配信されている。

中学生レスラーの必殺技「でんでんむし」が勝敗を決める!?

2試合あるうちの初戦はタッグマッチだった。団体のエース的存在である藤本つかさが中学生3年生のつくしと組み、坂東流日本舞踊の舞姫でもある成宮真希と、中学1年生のくるみのコンビを迎え撃つ。

四選手がマットで入り乱れての大乱闘!すごい迫力だ…!

19分一本勝負。ゴングが鳴るや、中学生の2人が先陣を切った。普段からレスリングスクールに通い技術に定評のあるつくしと、平日は警察で柔道を習う力自慢のくるみである。序盤から、互いに強みを出し合った。

成宮真希選手の逆エビ固めが極まる!

やがて20代の相方もマットに上がり、技の応酬は続く。藤本がフェイスクラッシャーを繰り出せば、成宮はコーナーポスト上から空中首四の字固めをかける。相手の得意技を真っ向から受けながらも、勝つ。それが、ほぼすべてのプロレスラーに共通する哲学なのだ。

終盤、つくしがくるみと背中合わせになりぐるぐると回る。ブリッジのような体勢で抑えつける。「ワン……」。レフェリーがカウントを始める。「ツー……」。助けに入る成宮を、藤本が防御する。「スリー!」。11分55秒。決着がついた。

即席の実況席で、勝利者インタビューが始まる。「技の名前は?」。中学3年生のつくしは無邪気に答える。「メリーゴーランドです!」。隣の藤本は、「何か、カタツムリにも見えますよね。メリーゴーランド、(カタツムリ)でお願いします!」。笑いが起きた。「メリーゴーランド」のようなアクロバティックな技は結局、公式ウェブサイト上で「でんでんむし」と紹介されるのだった。

勝利者インタビューを受ける藤本つかさ選手(中央右)とつくし選手(中央左)

「19時女子プロレス」発案者 帯広さやかVS「お寺プロレス」雫あき

2試合目はシングルマッチだ。IW19(インターネットレスリング19)の第7代王者でもある藤本への挑戦権を8人で争う、「第3回 19 o'clock girl's トーナメント」の初戦である。こちらも19分一本勝負。外部団体「お寺プロレス」の雫あきの参戦に、帯広さやかが挑む。

帯広さやか選手(左)のドロップキックが雫あき選手(右)の胸元に炸裂!
高く持ち上げ、マットに叩きつける!あれがもし、自分の体だったと思うと…

帯広は、「19時女子プロレス」の発案者でもある。北海道の高校生だったころ、たまたま深夜のテレビ中継を観てプロレスにはまった。自由に使えるお金はわずかだった地方在住の少女にとって、実際の試合に触れられる機会はごくわずかだった。その思いが原点だった。

「19時女子プロレスはインターネットだから無料で手軽に観られる。そういう意味では、昔の自分の夢を叶えたのかなって。ずっと大切にしていきたいと思っています」

勝利者インタビューを受ける雫あき選手

勝負は残酷だった。5分42秒、雫が体固めで白星を挙げた。「(相手の攻撃の)一発、一発が重かった……」。しばらく嗚咽の止まらなかった帯広は、よろけながら呟くのだった。

「スパーリング(実戦練習)をより真剣にやるにはどうしたらいいか。皆に観てもらえばいい。そんな発想で始めました。後楽園ホールを一杯にするくらいの人が、無人のリングを観ているんです」こう語るのは、「19時女子プロレス」を主催する団体、「アイスリボン」の佐藤社長だ。中継に必要な撮影、演出、実況、解説者は、所属レスラーや有志ボランティアなどでまかなわれている。手弁当だ。

ちなみに、試合の“19分一本勝負”は、19時放送開始にちなんだ世界中でも珍しい試合時間である。(平日の19時スタートは、帯広が平日大会の観客動員に苦しんだ経験から、『平日の19時にプロレスを見る習慣を作りたい』と設定した時間だそうだ。1950年代のプロレス全盛期、毎週金曜日の20時から国民皆がプロレスを楽しんでいたことを彷彿とさせる)。

放送は121回を数え、いまや世界中からエールが届く。「前はメキシコの方からファンレターをもらいました。一生懸命、日本語で書いてくれて! Facebookでは韓国、タイ、アメリカ、イギリスからも……。海外に行ったときに『観たよ』と言ってくれる人もいる。世界と繋がっているんだなぁって」と、エース格の藤本は話す。パソコンの中継画面の脇にも、Twitterなどによる視聴者の投稿が次々、寄せられる。佐藤社長は続ける。「皆、一人で観ているけど、インターネットならではの連帯感が出てくるんです」。放送終了を前に、シングルマッチを制した雫が「オー!」と掛け声をあげた。するとタイムライン上に、「OHHHH!」「オー」との反応が並ぶのである。