トヨタのスポーツカー「86」の売れ行きが好調だという。「86」という車名は、かつてトヨタが製造販売したFRスポーツカー「カローラ・レビン」「スプリンター・トレノ」の形式名称がAE86で、2車種をまとめて「ハチロク」と呼んだことに由来する。

しかし鉄道ファンにとって、「ハチロク」といえば蒸気機関車の愛称だ。そこで今回は、「SLの『ハチロク』も忘れないで!」の思いを込めて、蒸気機関車の愛称特集をお届けする。

「ハチロク」

「日本でもっとも古い蒸気機関車は58000形だそうですね」
「え、なんだって?」
「ほら、JR九州の『SL人吉』の蒸気機関車ですよ」
「ああ、なんだハチロクか」
「ハチロクって言いますけど、なんで58000形が?」
「うーん……、それはね……」

五能線ウェスパ椿山駅前に静態保存された8620形78653号機

知っている人なら当たり前でも、初めて「SL人吉」を見て、「何であれが『ハチロク』なんだろう?」と思う人もいるだろう。ナンバープレートには「58654」とあり、58000形の654号機と思ってもしかたがない。あの機関車の形式は8620形といい、愛称は「86」に由来する「ハチロク」となった。

8620形は1914年から1929年頃まで製造された蒸気機関車だ。1914年といえば大正3年。第1次世界大戦の年である。「SL人吉」に使用される58654号機は1922(大正11)年の製造という。

ところで、8620形という型式番号も中途半端だ。なぜ8600形という区切りの良い数字ではないかというと、この形式の前に8550形という機関車があって、これが50両以上作られた。8550形の最終番号は8610となった。そこで次の形式は10の位を切り上げた8620形となった。

その後は8620形が量産されていく。80両目になったとき、「8700」を付けようと思ったら、今度は8700形がすでに存在していた。そこで100の位の繰り上げの数字を先頭に持ってきた。つまり、「8699」の次は「18620」になったのだ。ややこしいけれど、このルールによると、58654号機は8620形の435番目に作られた車両となるという。ちなみに「クンロク」と呼ばれた9600形も、100両目は「19600」となった。9700形がすでにあったからだ。

若松駅前の公園に静態保存されている9600形19633号機

「デゴイチ」

「ねぇダーリン……。デゴイチって蒸気機関車のあだ名なんでしょ?」
「ハニー……。それは正解とも言えるし、間違っているとも言えるね」
「あら、どういうことかしら?」
「蒸気機関車の中で、D51という形式だけがデゴイチなのさ」
「そうなの……、形式に詳しいダーリンって、ス・テ・キ」

都内の飛鳥山公園に静態保存されているD51形853号機

……などという会話は絶対にないだろうと思うが、意外にも蒸気機関車イコール「デゴイチ」と呼ぶ人は多かったらしい。飛行機の分野でも、大型ジェット機をすべて「ジャンボ」と呼ぶ人がいるように。実際にはD51形だけが「デゴイチ」、ボーイング747だけが「ジャンボ」である。

「デゴイチ」の由来は形式名のまま。Dが「デ」、51が「ゴイチ」である(D51形の愛称とその由来については諸説あり)。同様の愛称にD52形「デゴニ」、C62形「シロクニ」、C50形「シゴマル」、C57形「シゴナナ」などがある。

形式名に付く「D」や「C」は、駆動軸の数を示す。蒸気機関車には車輪がたくさん付いているけれど、ボイラーの力を受けて車輪を回す軸は一部だけ。側面から見て最も大きな車輪がついている。ABCDの順で駆動軸を数えて、3つなら「C」、4つなら「D」となっている。

ちなみに、数字の読み方はいくつかあり、「0」は「レ」または「マル」、「1」は「イチ」または「チョン」。「C11形」は「シーチョンチョン」と呼ばれている。

こちらは「デゴニ」ことD52形。御殿場線山北駅の鉄道公園に静態保存されている

「ナメクジ」

「京都の梅小路蒸気機関車館に行ったんだ」
「いいなあ。先輩、SLが好きですもんね」
「おう、デゴイチのナメクジもピカピカだったぞ」
「え、ちゃんと整備されてないんですか……。ナメクジが這い回るって」
「いや、そういう意味じゃなくてね……」

「ナメクジ」とは、D51形の一部の車体の形を指す。D51形は1935(昭和10)年から1950(昭和25年)まで、15年間にわたって1,110両も作られた。これは単一の車両型式としては日本の鉄道史上最多記録。それだけパワーがあり、扱いやすかったということだろう。形式数が多いだけに改良も行われ、車体外観や部品ごとの違いがある。

D51形のうち「ナメクジ」と呼ばれるのは初期型で、ボイラーの上にあるドーム型の部分が長かった。このドームは通常、車体上部だけにあるが、初期型は車体中央から煙突の直後まで伸びていた。とくに22・23号機はドームがボイラーの長さ全体にわたったため、「大ナメクジ」と呼ばれた。

「貴婦人」

「ねぇダーリン……。貴婦人っていう蒸気機関車があるのね」
「そうだよハニー……。C57は貴婦人って呼ばれているのさ」
「ステキ……。私に似ているのかしら」
「キミはどちらかと言うと4次車だから、違うんじゃないかな?」
「そうよね……。私は真っ黒で煙を出して走ったりしないわ」
「うん……、まあ、そういうことにしておこうか」

「貴婦人」はC57形蒸気機関車の愛称だ。JR西日本が山口線で走らせているC57形1号機をはじめ、いまでは誰もが「貴婦人」と呼ぶけれど、もともと鉄道ファンの間では「シゴナナ」で呼ばれていた。「貴婦人」は新聞やテレビが使い、定着したという説がある。「貴婦人」の名に異論を持つファンも多いらしい。「シゴナナ」を使い続けたほうが、鉄道ファンとして一目置かれるかもしれない。

それはさておき、「貴婦人」という名の由来はあまりはっきりしていない。従来の蒸気機関車に比べてボイラーの径が小さかったため、腰回りの細い服を着る貴婦人になぞらえたという説が有力。誰かがしゃれで言い、それをマスコミが気に入ったという背景だろうか。

上の会話に出てくる「4次車だから違う」というのは、C57形のうち末期形はボイラー径が大きかったことをさす。つまりちょっと太めだったから、細めの「貴婦人」の仲間ではないという意味。そこまでていねいに解説してしまうと、彼女の機嫌を損ねることになりかねないので気をつけよう。……そもそも蒸気機関車を女性に例えること自体、どうかと思うけれど。

「高原のポニー」

「先輩、C56のことをポニーっていいますよね」
「うーん、シゴロクと呼んでほしいけどなあ」
「なんでC56はポニーなんでしょうね……」
「それはね……」
「っていうか、そもそもポニーってなんですか」
「そこからかよっ!」

野辺山駅前に静態保存されているC56形96号機

「ポニー」とは……、まず本来の意味から説明しておくと、馬の品種のうち、小柄なタイプがポニー。競走馬よりも小さいのでかわいらしく見えるし、成長しても顔の位置が低いので、観光牧場のふれあいコーナーなどで子供たちに人気である。女性の髪型の「ポニーテール」は、ポニーが歩くときの尻尾のように、束ねた髪が揺れる様子に由来する。

SLにおける「ポニー」はC56形蒸気機関車である。C56形は機関車本体に炭水車を組み合わせている。動軸も3本のC型で、形としてはC62形と同じ。しかし、C56形はC12形という小型機関車に炭水車をくっ付けたようなもの。大型蒸気機関車と似た形だが小さい、というわけで競走馬より小さい「ポニー」にたとえられた。

この「ポニー」も、「貴婦人」と同じで鉄道ファンというよりマスコミによって広められた愛称らしい。とくに小海線のC56形は「高原のポニー」と呼ばれた。C56形が採用された路線としては、小海線が最も東京に近かった。小海線といえば高原路線で、周囲に農耕馬も多かったようで、C56とポニーの組み合わせが広められたのかもしれない。

誕生の経緯はともかく、蒸気機関車は愛称のある形式が多い。一方、ディーゼル機関車や電気機関車は愛称のある機種は少ない。それだけ蒸気機関車は人気があるということだろう。

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