連載『住まいと安全とお金』では、一級建築士とファイナンシャルプランナーの資格を持つ佐藤章子氏が、これまでの豊富な経験を生かして、住宅とお金や、住宅と災害対策などをテーマに、さまざまな解説・アドバイスを行なっていきます。


子供達にかけがえのないふるさととなる街 ~街選びはふるさと選び~

私の両親は大阪と名古屋の街中育ちで、大学卒業後は転勤期間以外一貫して首都圏住まいです。しかも両親の育った大阪と名古屋の拠点は終戦と共に失われてしまったので、子供の頃、同級生が夏休みを田舎の祖父母のところで過ごすのを楽しみに話しているのをうらやましく思っていました。

また子供のころを過ごした街への愛着も格別なものがあります。私は現在の地域に30年以上住んでいて、人生で最も長く居住している地域となっています。それまでは親の転勤や自身の転勤や転職で、長く住んで6年間が最大でした。それでも中学の3年間と大学時代の内の3年間の計6年間を暮らした地域に最も愛着を感じます。現在の住まいの地域は仕事には便利で、またなんでも数分内で済ませられる環境は今後の老後の生活にも快適に違いありません。それでも子供の頃を過ごした地域に戻りたい気持ちがずっとあります。

子供が親の元で過ごすのは短期間です。社会生活がスタートする5歳程度から大学卒業までの20年程度で、おそらく結婚後の住まいのほうが長くなるでしょう。しかし子供時代を過ごした地域への愛着は一生続きます。その地域に友人が残っていれば、なおさらです。子供たちにとって貴重な心の財産となるという視点から街選びを考えても良いのではないかと思います。

定年後の暮らし選び ~幸せな『三匹のおっさん』が生まれる街~

『三匹のおっさん』とは、有川浩の有名な小説で、昨年テレビドラマ化されました。幼い時から悪ガキ仲間として共に育ってきた街で、そのまま定年となる年齢を迎えた3人が、地域の治安のために活躍するストーリーとなっています。ここで取り上げたいのは、治安の問題ではなく、幼馴染が60歳を過ぎても互いに近所に住み続けていて、四六時中一緒に遊んだり、呑んだり、余裕ができた時間を共に地域活動に腐心したりしているところです。考えてみれば、とても幸せな人生ではないかと思います。

その街に結婚後に移り住んだ場合、女性は子供を通じて地域とのつながりが生まれていきますが、男性の多くは地域とは隔絶して生活しています。しかし、定年後の長い時間を地域とのつながり無しで過ごすと、男性は地域から孤立しかねません。地域とのつながりを持ってこそ、豊かな老後になると思います。地域によって定年後の過ごし方も変わってくるでしょう。

こだわりの街 ~日常と非日常を同時に楽しめる街~

サーフィンが趣味だから海辺の街に住む…という話は良く耳にします。「畑仕事が好きで家庭菜園を楽しめる街」、「釣り好きのための港町」、「温泉好きのための温泉が近くにある街」など、仕事も趣味も目いっぱい楽しむ時代に向けて、探せば自分なりのこだわりが実現できる魅力のある街があると思います。東京を中心とした通勤圏を考えてみても、環境の違いは驚くほどあります。

東京都に隣接する千葉県市川市は私の生まれたところです。戦前は大手企業の重役クラスの別荘地で、都心の本宅が空襲で焼失したので、市川の別荘に移り住んだ人が多いそうです。住宅メーカーで営業の仕事をしていた時は、市川市はテリトリーの一つでしたので、仕事で度々訪問しました。

20年以上前のことですが、当時はまだ大きなお屋敷が多く、建物の形も別荘風のものも少なくありませんでした。ご主人が別荘を希望していた顧客の住まいもそうした中の一つでしたが、あまり乗り気ではない奥様曰く「この環境と住まいは別荘と同じようなので、あえて別荘は欲しいと思わない」という言葉が印象的でした。

実際に、小山と緑に囲まれ、まさに「別荘」というような佇まいで、自宅にいながら別荘で過ごすという非日常を楽しめそうな環境でした。東京駅から市川駅までの電車の所要時間はわずか18分しかありません。それでもこの環境の違いがあります。

また友人の中には下町育ちの人もいます。彼らにとっては銀座も歩いていくことができる徒歩圏内で、歌舞伎座や映画館、築地、デパートなどが、私達が近くの店やスーパーを話すのと同レベルで登場するので驚きます。歩いて映画館やコンサート会場や美術館へ気軽に行ける環境はうらやましいと感じます。「街選び」は日常の利便性を追及して考えがちですが、「非日常」にも目を向けて考えてみると、新しい展開も見えてくるかもしれません。

日常の中に非日常を上手に取り入れることは、生活に変化を生み楽しい人生を過ごす上で大切なポイントです。選んだ街には自分のこだわりポイントを満足する部分がなくても、何かしらその街での非日常ポイントを見出すと、その街がグッと楽しい街になりそうです。

(※写真画像は本文とは関係ありません)

<著者プロフィール>

佐藤 章子

一級建築士・ファイナンシャルプランナー(CFP(R)・一級FP技能士)。建設会社や住宅メーカーで設計・商品開発・不動産活用などに従事。2001年に住まいと暮らしのコンサルタント事務所を開業。技術面・経済面双方から住まいづくりをアドバイス。