分断社会日本。「閉塞状況」を打破しなければいけないことはもちろんです。ですが、「失われた20年」とも言われるように、私たちの社会はもがき苦しんでいます。何がいけないのでしょう。今回は歴史に立ち返ってこの問題を考えてみようと思います。

池田内閣の「20%ルール」、"自分で働き、自分の足で立つことこそが重要"

財政はみなさんが納めた税を様々な階層に分配する機能を持っています。その基本型ができあがったのは、高度経済成長で知られる池田勇人政権期です。

ここで注目したいのは、池田内閣の打ち出した「20%ルール」です。20%ルールとは、税の負担を国民所得の20%以内に抑えるという方針です。

当時の所得税は、所得が増えると小刻みに税率があがる強い「累進性」を備えていました。最高税率は70%を超えており、これに地方税も加わりました。所得と物価が上がると税負担が急増します。そこで負担を和らげるために20%ルールを定め、毎年のように所得税を減税したのです。

ヨーロッパの国ぐには、成長が生む豊富な税収を使って、医療や福祉、教育、住宅といった対人社会サービスを充実させました。一方、戦後の日本人は貧しさと重税感にあえいでいました。税を納税者に返して、サービスを市場から「買える」ようにする…この選択も理由のないことではなかったのです。

また日本人は勤労の思想を大事にしました。池田は「救済資金をだして貧乏人を救うんだという考え方よりも、立ち上がらせてやるという考え方」が大事だといいました。社会保障を恵んでもらうのではなく、自分で働き、自分の足で立つことこそが重要だと日本の保守層は考えたのです。ですから、減税とセットで、政府は公共事業を増やし、働くチャンスも提供しました。

小さな政府、貧弱な社会サービスこそ、高い貯蓄率を生んだ大きな原因

いまの高齢者世代は、将来の不安を解消すべく、勤労に励み、貯蓄を増やしました。当時は先進国最高水準の貯蓄率を誇りましたが、じつは、小さな政府、貧弱な社会サービスこそが高い貯蓄率を生んだ大きな原因でした。

預金は民間の銀行をつうじて企業の設備投資に向かいました。また、郵便貯金は政府に預けられ、公共投資の財源となりました。貯蓄が成長を支える。成長が税収を生む。税収が減税に使われ、貯蓄が増える。見事な循環です。

低成長時代に選ばれた「土建国家レジーム」も社会経済変動に対応不能に

このモデルの前提にあるのは経済成長です。ところが、石油危機以降になると、成長に陰りが見えはじめます。

成長が弱まれば、所得も税収も貯蓄も減ります。将来不安が一気に現実味を増しました。そこで、政府は巨額の公債を発行し、自らが犠牲となって、減税と公共事業を行いました。高度経済成長期のメカニズムを続けるために選ばれた「借金+減税+公共事業」という組み合わせを僕は「土建国家レジーム」と呼んでいます。

このレジームが全面化するのは1990年代です。ですが、大胆な景気対策にもかかわらず、昔のような成長は実現されませんでした。土建国家では対応できないような社会経済変動が起きたのです。

非正規雇用を可能とする規制緩和とグローバル化、人件費削減が加速

そのメカニズムはこうです。バブル期、企業は土地を担保にお金を借りました。しかし、バブル崩壊後、地価が長期にわたって下落したことから、企業は銀行に追加の担保や資金の回収を迫られました。

90年代の後半になると企業は債務削減に乗り出します。そこで標的とされたのが人件費です。日経連は「新時代の『日本的経営』」を打ち出し、政府も非正規雇用を可能とする規制緩和を次々と進めていきました。

これにグローバル化が重なります。BIS規制によって銀行は自己資本強化を求められましたが、自己資本を増やすにはリスクのある貸付を減らさねばなりません。企業は銀行に頼らなくていいように、借金返済を加速させ、人件費を削って設備投資資金を確保しました。

また、国際会計基準の導入も決定され、企業の手元資金が投資家の判断材料となりました。その資金を増やすため、ここでも人件費が削減されました。

賃金が下がり続け、デフレ経済に突入--家計貯蓄率はほぼゼロに

こうして、土建国家レジームの全面化にもかかわらず、賃金は下がり続けました。給料が下がれば、消費は停滞し、物価も下がります。デフレ経済です。物価が下がると企業の借金は実質的に増えます。賃金の圧縮はさらに加速されるしかありませんでした。

結果としての積み上がったのが政府の借金です。2000年代には支出抑制が基本路線となりました。減税もストップしました。さらに、社会資本の飽和、高齢化と女性の社会進出によって、公共事業から社会保障へと財政ニーズも変化しました。そして、土建国家の前提、生活の基礎でもあった家計貯蓄率がほぼゼロにまで下がりました。所得減と高齢化が貯蓄の取り崩しを促したのです。

土建国家レジームが破綻、生活の拠り所が見いだせない社会に

「閉塞状況」とは「良い循環」が消え、「悪い循環」が生まれた状況をさしています。いま、私たちが閉塞感を覚えるのは、経済成長と貯蓄を前提とした土建国家レジームが破綻し、同時に「三つの罠」に陥った社会、生活の拠り所が見いだせない社会を作り出してしまったからです。

さらなる成長か。成長とは異なる道か。私たちは決断を迫られています。

(※写真画像は本文とは関係ありません)

<著者プロフィール>

井手 英策(いで えいさく)

1972年福岡県久留米市生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。日本銀行金融研究所、東北学院大学、横浜国立大学を経て、慶應義塾大学経済学部教授。専門は財政社会学。著書にDeficits and Debt in Industrialized Democracies(Routledge)『経済の時代の終焉』『日本財政 転換の指針』(岩波書店)など。