【コラム】

「救済」しない財政へ

1 「脱貧困」に心が動かない日本人

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連載『「救済」しない財政へ』では、慶應義塾大学経済学部の井手英策教授が、社会統合のために人々の共同需要を中央政府がどのように満たしていけるのかなど、これまでの財政学以上に社会と向き合う「財政社会学」に基づき、日本社会の在り方について、読者の皆さんとともに考えていきます。


他国の人と比べて、格差を是正しようという気持ちが明らかに弱い日本人

所得や収入で見る限り、日本がもはや平等な社会でないことは常識かもしれません。日本が国際的に見て格差の大きな社会であることは、すでにあちこちで指摘されています。

では質問です。みなさんは所得格差が広がっていることをどう思っていますか? 「かわいそうだ」「何とかしたい」「不公平だ」…そんな言葉が聞こえてくる、誰だってそう思いたいですよね。

でも、みなさんの生きている社会は、必ずしもそんな思いやりに満ち溢れた社会ではありません。

国際社会調査プログラムという調査があります。2009年の調査にある「格差の是正は政府の責任である」という質問に対し、「強く同意する」「同意する」と答えた日本人の割合は54%でした。OECD加盟国の平均値は69%です。私たちは、他国と比べて、明らかに格差を是正しようという気持ちが弱いことがわかります。

税への抵抗が強い社会とは、他の誰かのための負担を嫌う「不寛容な社会」

この問題を別の角度から見てみましょう。みなさんは、なぜ財政があるのか考えたことがありますか? 失業した時に所得を補ったり、ゴミを集めたり、医療を提供したり、教育を与えたり…財政は、みなさんの払った税を財源として、私たちの命や暮らしを支えています。

ここで大切なのは、財政は、社会のメンバー「全員」の命や暮らしのためにあるということです。もし、みなさんが他の人たちに無関心で、自分の命や生活にだけ関心を持つとすれば、税を払うのは辛くて仕方ないことでしょう。だって自分のために貯金すればすむ話ですから。税への抵抗が強い社会とは、他の誰かのための負担を嫌う「不寛容な社会」でもあるのです。

日本の財政が借金まみれだということはみなさんも知っているでしょう。ですが、日本は先進国のなかでも「小さな財政」であることを知っていますか? 公務員バッシングをよく耳にします。でも、労働者のうち公務員が占める割合が先進国のなかでも相当少ない、とても「効率的な政府」だと知っていますか?

それなのに莫大な借金を抱えているのはなぜでしょう。答えは簡単。それは税金があまりに少なすぎるからです。消費税が増税されましたが、日本の租税負担率は先進国の平均を大きく下回っているのが現状です。

貧困にあえぐ人びとに大きな関心を寄せない社会を私たちは生きている

財政は所得格差を是正します。ひとつは貧しい人に手厚い給付を行なうことで。もうひとつは富裕層に多くの税金をかけることで。しかし、OECDの分析によると、給付による是正効果は先進国で下から三番目、税による是正効果にいたってはビリです。日本の財政を見てわかるのは、多くの日本人が他者のために税を払いたくないと考えているということ、そして、貧しい人のために汗を流そうという気持ちを失いつつあることです。

みなさんは政治に関心を持っていますか? 政治を大きく分けると保守とリベラルに区分されます。保守の人たちは「自己責任」「自助努力」を重視します。他方、リベラルの人たちは「生きることや暮らすことの権利」を重視します。貧困問題により関心を寄せているのはリベラルの人たちです。

みなさんがどちらを支持するのかは興味ある問題です。でもいずれにせよ、一つだけ言えることは、「脱貧困」というリベラルの叫びは、多くの日本人の心に響かない、ということです。貧しい人を見殺しにすることを望む人はいません。しかし、自分が犠牲を払ってまでそういう人たちを助けようと考えるかといえば、多くの日本人がそうではありません。貧困にあえぐ人びとに大きな関心を寄せない社会を私たちは生きているのです。

格差社会を作り出したのは誰?

思い出してください。小泉政権のときに格差社会が問題になりました。年越し派遣村ができ、その流れを受けて民主党政権も誕生しました。世の中は格差是正に向けて動き出したように見えました。でも、民主党政権は崩壊し、続く自民党安倍政権のもとでは、生活保護が削減され、格差は拡大しつつあります。

考えてみてください。格差社会を作り出したのは誰でしょう。貧しい人たちですか? 気まぐれな富裕層ですか? 違います。普通に生活できる人たち、そう私たち大人です。この反省がない限り、そして、なぜ私たちはそんな社会を作り出したのかを徹底的に考え抜かない限り、公正な社会など実現不可能です。

僕は、日本の現状を悲しく、情けなく思っています。もっと人間が人間に関心を持てる社会にならなければ、生きることがしんどくなる。このままでは、次の世代の子どもたちに申し開きができません。

深澤義旻は「人間のうた」という詩のなかでこう言いました。

「自分を大切にすることが同時に人を大切にすることになる生きかたをなんとしてでも見つけ出し、作りださねばならぬのだ。それは、人間にだけできるのだ。それが、人間の権利であり、義務なのだ。」

これから僕は、一人の大人として、人間の責任について考えてみたいと思います。

<著者プロフィール>

井手 英策(いで えいさく)

1972年福岡県久留米市生まれ。東京大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。日本銀行金融研究所、東北学院大学、横浜国立大学を経て、慶應義塾大学経済学部教授。専門は財政社会学。著書にDeficits and Debt in Industrialized Democracies(Routledge)『経済の時代の終焉』『日本財政 転換の指針』(岩波書店)など。
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インデックス

連載目次
第5回 人間の違いではなく、人間の共通性に想いを馳せてみませんか?
第4回 "中高所得層"も納得して"格差是正"ができる「必要主義」とは!?
第3回 "分断社会"日本--「失われた20年」、何がいけなかったのか!?
第2回 日本人の不安の根源に迫る - "3つの罠"、そして"分断社会"
第1回 「脱貧困」に心が動かない日本人

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