豪雪地帯として知られる十日町市は新潟県南に位置する。この地の老舗、「玉城屋旅館」の現オーナーは、イケメンの山岸裕一氏(34歳)。玉城屋の美肌の薬湯は源泉100%のかけ流し。しかもイケメンがおいしい創作料理と希少な日本酒やワインを提供する。男性はともかく、女性に人気の宿である理由がうなずける。

「玉城屋旅館」ではオーナーの山岸裕一氏が自ら接客

「日本三大薬湯」は草津・有馬・そして……

十日町市には、700年前から湧出しているとされる松之山温泉がある。草津や有馬とともに「日本三大薬湯」に数えられる名湯だ。約1,200万年前の太古の海水が地層に閉じ込められてできた化石海水型の温泉で、成分は療養泉基準値の15倍、海水のような塩分濃度は稀有な泉質だ。美肌成分のメタケイ酸が多く含まれており、温泉通の女性に人気がある。

名湯松之山温泉は「日本三大薬湯」のひとつ

そんな十日町市に玉城屋旅館はあるわけだが、イケメンオーナーの山岸裕一氏について紹介したい。山岸氏は国立大学で経営学を学び、卒業後に辻調理師学校へ。東京の老舗料亭で修業の後、大企業で経理を学ぶなど、社会経験の後、今夏、事業承継のため生家の宿に戻ってきた。ソムリエ、酒匠(利き酒師の上級資格)も取得している。そして、イケメンで独身だ。そんなオーナーが今、玉城屋旅館で奮闘している。

「里山」には保存食の文化が伝わる

料理好きなご両親が宿を経営していたから、もともと料理には定評があった。特に、常連客に人気だったのが「けんちん汁」。これまでの玉城屋のスペシャリテである。創業100余年、玉城屋旅館伝統の味だ。昔ながらのほっこりと落ち着く看板料理なのだ。目の前で炊き上げる魚沼産コシヒカリも旅情が深い。加えて家伝の漬物が旨い。宿のいいところはそのまま継承している。

名物けんちん汁にほっこり

魚沼産コシヒカリが釜でぐつぐつ

改めて記すが、この地は里山である。里山とは、自然と都会を結ぶ中間地点の田舎だ。古民家再生など、全国各地でこうした田舎が見直されつつある。そして棚田は、急峻(きゅうしゅん)な土地で効率的に水田を造るための農村の英知が結集している。

まさに日本の原風景であり、そこには独特の食文化が伝わる。豪雪という自然の驚異を味方に付ける保存食の文化が伝わっているのだ。山岸オーナーは、地元に伝承された食文化を生かしながら、自分らしい創作料理に挑戦しているのだ。

里山棚田の風景は、「帰ってきた」という気持ちにさせてくれることだろう

「地野菜のアトリエ」に納得

料理内容を紹介しよう。例えば前菜は季節の地野菜を中心にした郷土料理が彩りも鮮やかにワンプレートで盛り付けられる。食材は、ときには従業員さんが家庭菜園で作ったメキシカンサワーガーキンだったり、地元産のビーツやツルムラサキ、サツマイモの茎、バターナッツカボチャ、ズイキだったり、「地野菜のアトリエ」をうたっているだけに使用する地野菜の種類がすごい。

前菜から季節の野菜をふんだんに

調理法も雪国ならではの技法だ。「雪室」という雪深い新潟ならではの天然の冷蔵庫で豚肉を寝かせて熟成させるのだ。一定の湿度と温度が保てる雪室は、肉の旨味を引き出すのに適している。山岸氏は熟成した豚肉を真空低温調理し、地元魚沼産コシヒカリの藁で軽く燻製にする。まるで細かい調理作業を楽しんでいるかのようだ。

例えば、醗酵豆腐。地元の醗酵文化を伝承して考案した料理で「味噌」「しょうゆの実」「しおのこ」「酒粕」という4種類の発酵食品の中に手作り豆腐を1カ月ほど漬け込むという手間のかかりようだ。

「大地の恵み鍋」に行きつく

筆者は山岸氏が宿を継いだ頃、彼の挑戦を応援するつもりで「看板料理を研究してみては」と課題を出しておいた。すると今秋、「第一弾のスペシャリテ(看板料理)が完成しました」と連絡があった。都会で青年期を過ごしたイケメンが生まれ故郷をあらためて研究した上でスペシャリテを考案したのだ。

地の力が宿る「大地の恵み鍋」

その名も「大地の恵み鍋」。低温調理でじっくりと作った自慢の出汁を使う。妻有(つまり)地方のブランド豚の妻有ポーク、新潟の銘柄鶏「越の鶏(こしのとり)」を主要具材に、冬は八色椎茸、はなびら茸、舞茸、天然なめこ、天然平茸、花咲しめじ、 野沢菜、そして、創業100年という松之山温泉のおばあちゃんの手作り油揚げを添えたしゃぶしゃぶ鍋。もちろん、シメはコシヒカリのおじや。

もはやキノコ鍋としゃぶしゃぶのコラボレーション。雪国の自然と農村の英知が育んだ包容力なのだろうか。食せば思わず笑みがこぼれる優しい味がした。ここまで具材を吟味し、ぜいたくに使用するとは驚きだ。春はキノコ類が山菜に、夏には旬野菜に変わるという。松之山の温泉とともに、新潟の地酒と大地の恵み鍋が身体にしみ渡った。

新潟の希少な酒とカップリング

さて、新潟と言えば、日本酒。玉城屋は「酒の宿」をうたっている。オーナー自身が酒の専門家を自負しているだけに、新潟の酒蔵を中心に日本酒、そしてワインまでもそろえている。

希少な酒がずらり

享保2年創業、新潟を代表する酒蔵のひとつ・青木酒造は「鶴齢」「雪男」などの地酒で有名だが、玉城屋の若き後継者の熱意に打たれ、玉城屋旅館オリジナル貯蔵酒のために貴重なタンクを提供してくれたそうだ。この地を訪ねなければ、「飲めない酒、食せない料理」の提供を訴求する基本姿勢が一致したゆえのコラボレーションだと思う。

「地産地消」という言葉が軽々しく使われる昨今だが、真の地産地消とは、その地に土着し、風土を深く理解しなければならない。日本酒の蔵元の多くは、これにこだわっているのだが、これを旅館料理で実現するのは至難である。その地へ足を運ばねば味わえない旅館料理の追求こそ、看板料理と言えるのだ。

ここでしか味わえないものをここだけの体験でもてなす

青木酒造を含めて、こうした山岸オーナーの挑戦を応援するサポーターの輪が広がっている。「熱き挑戦心」さえ失わなければ、第二、第三のスペシャリテが旅人の舌を楽しませてくれるに違いない。真のスペシャリテとは「大地の恵み」に感謝し、故郷を想い作る料理への挑戦心なのかもしれない。

●information
玉城屋旅館
住所: 新潟県十日町市松之山湯本13
アクセス: 北越急行ほくほく線「まつだい駅」からバスで約25分、またはタクシーで約15分
1泊2食料金: ひとり税別1万5,000円~

筆者プロフィール: 永本浩司

通信社編集局勤務、広告ディレクター、雑誌・ビジネス書の編集者を経て、観光経済新聞社に入社。編集委員、東日本支局長などを歴任。2004年に転職を決意、外食準大手・際コーポレーションに入社。全国に展開する和洋中華350店舗128業態のレストラン・旅館の販売促進を担当。リゾート事業も担当、日本初、公設民営型の公共事業、長崎県五島列島・新上五島町にリゾートホテル・マルゲリータを開業させた。2015年、宿のミカタプロジェクトを設立。1軒でも多くの旅館・ホテルを繁盛させ「地域の力」を呼び覚ますべく旅館ホテル支援事業を展開。宿泊した旅館の数は全国で数百軒以上、年間の出張回数は150日以上、国内を中心に飛び回る日々。地域デザイン学会会員。