【コラム】

記憶に残る宿のスペシャリテ

1 群馬県「辰巳館」の料理で人生観が変わる!?

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「旅館」という言葉の響きに何を連想するだろうか。一般的には「大浴場」「女将さん」などだろうか。筆者のような食いしん坊ならまず「料理」が脳裏に浮かぶものだ。この連載では、旅館ホテル支援事業を展開する筆者が仕事上で知り得た全国の旅館の「スペシャリテ(看板料理)」を紹介していこう。

「スペシャリテ(看板料理)」は記憶に残る旅を彩る(写真は「辰巳館」の食材)

昭和の時代、大型旅館の料理と言えば、何百人前の岩魚の串焼きが同じサイズで大宴会場に並んだ。こんな大人数に天然岩魚を提供できるはずもなく、着席時にはすでに冷めてコチコチということも少なくなかった。

時代は変わって現在、市場競争が激しいためか、豪華でおいしい旅館料理を提供している旅館が増えている。それも、信じられないほどお値打ちな宿泊料なのだ。コストパフォーマンスを考えれば、同クラスの料理をネオンきらめく大都市のレストランで見つけることは難しいだろう。そしてそこに、温泉の魅力もあるというわけだ。昨今、増加傾向にある訪日外国人観光客も、こうした旅館料理に注目しつつある。

川魚の刺身も美味なる存在に

今回紹介するスペシャリテを持つ旅館は、群馬県利根郡みなかみ町にある。首都圏から関越自動車道を車で2時間超、水上ICを降りて約5分。みなかみ町の一角は以前、月夜野町という美しい名前がついていた。平安時代、三峰山に昇る月を見て「よき月よのう~」と、ある歌人がつぶやいたことに由来するとの説もある。あくまで一説だ。この利根川水系沿いに建つ旅館が、今回の舞台とある「辰巳館」である。

辰巳館へは水上ICを降りて5分ほど。公共交通機関なら上越新幹線上毛高原駅より車で約7分

まずは川魚の刺身。筆者は海釣りが趣味であり「刺身なら海の魚」と頑固なこだわりを持っていた。これを粉砕してくれたのが辰巳館である。人生観が変わったと言ってもいい。

例えば"河ふぐ"とも呼ばれるナマズ。館主の深津卓也社長によると「ナマズは美容にも良く、当館では刺身をはじめ、唐揚げ、燻製などにしてお出ししております」とのこと。最初、ゲテモノ食いの心境で食したものの、まさにふぐのごとくコリコリした食感だった。

群馬が誇る最高級の味覚「ギンヒカリ」

続いてはギンヒカリ。群馬が誇る最高級ブランドのニジマスで、色鮮やかな身自体にうまみがある。これは南蛮漬けでもいける。このほか、アユやヤマメは7~8月に刺身で供され、夏以外の時期はイワナを刺身と炭火焼で出してくれる。特筆すべきはオキアミだけで大事に育てられ、泥臭さをまったく感じないサクラゴイの刺身。これが不思議なのだが、洗いより生の刺身で食べた方が癖を感じさせない。

日本の肉はうまい! 里山料理を食す

この書き出しだと"川魚三昧の宿"だと思うかもしれないが、ここからが本題。辰巳館は川魚で有名なのではない。実は"炭火里山料理"をうたっている。こっちがスペシャリテなのだ。その名も「いろり献残料理(けんさんりょうり)」である。

「この地は上杉家と武田家の豪族の戦いが長く続いたと言われています。ある時、ひとりの 武士が夕焼けの空を背に山菜や川魚を剣に刺し、焚火にかざして焼いたことから、剣先(けんさき)焼きがけんさん焼きになったとも言われております」(深津社長)。

この宿では、炉を切った木製の卓を夏でも囲んで夕食をいただく。炉には優しい熱量を燻(くゆ)らせる黒炭。赤城鶏や伊達鶏のモモ肉、つみれ、砂肝、軟骨、レバーなど、館主が季節ごとにおいしいと思った鶏肉、赤城牛、やまと豚などの素材の良さを生かした提供手法にこだわっている。まさに里山の食材のオンパレードだ。

夕食は炉を切った木製の卓を囲み、里山料理をいただく

加えて、月夜野きのこ園のジャンボシイタケ。女性の拳ほどの大振りで、芯の部分まで柔らかくジューシーにいただける。このほか、エリンギの3倍ほどの太さのタニガワダケ、エノキより歯ごたえと香りがいいいユキワリダケなど、厳選された旬の食材が惜しみなく並ぶ。

いろり焼きにとって大切な炭は、近隣の片品村で手作りされている「尾瀬木炭」という希少な黒炭を使用している。鰻屋などで使われる有名な備長炭は白炭だが、これは団扇であおぐなど風力を加えなければ火力を出せない。しかし、この黒炭は高温で作るためか火力が自力で長持ちし、客に焼く手間をかけることなく、2時間以上も宴が続く場合でさえ、程よい遠赤外線を照射し続けてくれる。この尾瀬木炭があって初めて「いろり献残料理」を供せるというわけだ。

近隣の片品村で手作りされている「尾瀬木炭」を使用

真のスペシャリテは「本多義光」かも

宴のシメには、特製の自家製味噌を塗った焼きおにぎりを。香ばしさが堪(たま)らず、つい食べ過ぎてしまうのだが、聞けば「どうしてこんな米を焼きおにぎりにするの」と憤りを覚えるほどの上質な米を使っていることが判明した。

その名も「本多義光」というブランド米。全国でただひとり、国内の6大米コンクールで金賞を受賞した米作名人・本多義光氏の米を焼きおにぎりでいただくとは……無礼千万と言われても仕方がないかもしれない。仕事柄、全国の旅館に出向き、かなりの数の料理をいただくわけだが、ここの気配りようはいい意味で"異常"である。

米作名人・本多義光氏の米をぜいたくにいただく

朝食はザル豆腐の"三段攻撃"

これで終わりではない。食後は、かの「裸の大将」こと、山下清画伯もこよなく愛したという弱アルカリ芒硝泉(ナトリウム・カルシウム・硫酸塩泉)の掛け流し「純生」温泉を味わい、満腹感とほろ酔い気分で就寝。翌朝、谷川岳のスケッチにはもってこいの展望朝食会場(その名もスケッチラウンジ)で待っている朝食では、あの「本多義光」が白米とお粥に姿を変えていた。

白米には大粒で味の濃い月夜野納豆をかけてかきこむ。お粥には温泉卵の黄身だけを混ぜてすする。この食べ方が筆者のお気に入りなのだ。昨夜、あんなに食べたのにまだまだ入る不思議な胃袋。「日本人に生まれてきて良かった」と思う瞬間だ。

ザル豆腐には幻の大豆と言われる大白大豆(オオジロタイズ)を使用

さらに、近隣の片品村にて頑固に作り続けているザル豆腐にも注目を。そのうち食べられなくなるかもしれないからだ。幻の大豆と言われる大白大豆を原料に使用。最初のひと口は何も付けずにいただくと、ほのかに大豆の甘みが感じられた。続いてオリーブオイルと塩でいただけば、豆腐自体の旨味に浸れる。最後は出汁醤油でざっくりと平らげる。この食べ方、"大白豆腐のひつまぶし風三段攻撃"とでも命名しておこう。

このような夕食から朝食までの食のぜいたく三昧ともなれば「福沢諭吉2枚では済まないだろう」と思うかもしれないが、この宿、1泊2食付きでひとり1万2,000円台というプランもある。最近、鼻の利く外国人観光客も辰巳館でちらほら見受けられるが、日本人として後れをとらぬようにしていただきたい。

●information
辰巳館
群馬県利根郡みなかみ町上牧2052
1泊2食料金: ひとり税別1万2,000円~3万円
日帰り料金: ひとり税別6,000円(ミニいろり会席)~

※記事中の情報は2016年8月のもの

筆者プロフィール: 永本浩司

通信社編集局勤務、広告ディレクター、雑誌・ビジネス書の編集者を経て、観光経済新聞社に入社。編集委員、東日本支局長などを歴任。2004年に転職を決意、外食準大手・際コーポレーションに入社。全国に展開する和洋中華350店舗128業態のレストラン・旅館の販売促進を担当。リゾート事業も担当、日本初、公設民営型の公共事業、長崎県五島列島・新上五島町にリゾートホテル・マルゲリータを開業させた。2015年、宿のミカタプロジェクトを設立。1軒でも多くの旅館・ホテルを繁盛させ「地域の力」を呼び覚ますべく旅館ホテル支援事業を展開。宿泊した旅館の数は全国で数百軒以上、年間の出張回数は150日以上、国内を中心に飛び回る日々。地域デザイン学会会員。
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連載目次
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第1回 群馬県「辰巳館」の料理で人生観が変わる!?

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