今回のアメリカ滞在中に見極めたかったことのひとつ(ひとつなどと言うにはおこがましいほど大きく、深いテーマなのだけれども)は、「アメリカは今、どちらに向かっているのか」という疑問だった。

講演などでも必ず言うのだが、アメリカという国が振幅する振り子の動きは実にゆっくりしていてよほど注意しないと止まっているようにしか見えない(でも確実に動いている)。これに比べると日本の社会変化は秒針の動きのようにすら思える。日本人が明治以来、大事なところで必ずアメリカの出方を見誤ってきた理由の一つがこのミスマッチにある。

アメリカ学に詳しい猿谷要先生によるとアメリカが最もリベラルに振れたのは60年代中盤から後半にかけて。1964年、カリフォルニア大学バークレイ校で起きた全学ストライキに始まり、ベトナム反戦やキング牧師らが主導する公民権要求で盛り上がった運動(振り子の左ぶれは)は、1967年夏、コロンビア大学の大紛争でピークに達した。中年には懐かしい、「いちご白書」の時代だ。今日のコロンビア大学キャンパスには当時をしのばせる立看板はもとより落書きひとつもないのだが...。

元々、大恐慌から脱出するため連邦政府による公共事業の拡大や、所得政策を推進したニューディールはアメリカ国民が伝統的に理想としてきた、「小さな政府」の対極にあるもの。一種の社会主義の導入ともいえるものだった。その後、第二次大戦を戦いぬくために連邦政府の権限はさらに強化された。こうした「大きな政府」に、組合に所属する組織労働者と、南部を中心とした伝統的に民主党が強い農民層が一体となって、「ニューディール・コアリション」が形成された。政治体制としては4期にわたるフランクリン・ローズベルト民主党政権を支え、定義にもよるがレーガン政権の誕生まで存続した強固な権力基盤でもあった。

最も左に振れたアメリカは、こうした"社会主義的"政策の土壌に咲いた戦後世代のジェネレーションギャップ感情(世代戦争、理由なき反抗)、ベトナム反戦、人種差別撤廃 --など様々な要素が核融合を起こした社会の反映でもあった。

この社会風潮に強い危機感を抱いたのが保守派の理論家ウィリアム・バックリー二世らである。彼の呼びかけにこたえて保守系学生団体、「自由のための全米青年団」(YAF)が結成され1964年の大統領選挙で、「保守主義者の良心」を訴えるバリー・ゴールドウォーター上院議員をかついで運動の一翼を担った。

何度も言うように米国民の心情に根ざした反ワシントン、反連邦政府感情(これは一概に"保守"とは呼べないのだが)は実に深いものがある。哲学者のゴーラーは、「アメリカにとって政府はやむを得ず作らなければならない必要悪」と述べているし、詩人のホイットマンは、「アメリカ人は連邦政府に対し最大限に抵抗し、最低限に従う義務がある」とまで語った。その理由をゴーラーはこう説明する。「政府は必然的に何らかの権威を持たなければならない。そして高官は、この権威という罪を背負いこまなければならない。この道徳的汚染があるから、アメリカ人は一般に政府に対し軽蔑的態度を示す。政府はアメリカ人とは別個の存在だ。政府は"彼ら"であって、"我々"ではない」。

こうした精神風土を基盤に保守派が様々な手法を糾合してレーガン大統領誕生に成功するまでのプロセスを追う余裕は今はない。ただレーガン政権からブッシュ父政権、ブッシュ息子政権に至る四半世紀を通じて保守派勢力の構造に大きな変容が起きたことには注目する必要がある。

保守派の力関係を大きく変えた二大勢力は「リベラル転向組」と「宗教右翼」である。ここから新保守主義者(ネオコン)グループが生まれてくる。

「クリスチャンライト」と総称される宗教右翼の共和党への集団加入は1988年大統領選挙に宗教活動家パット・ロバートソン氏が出馬した時からといわれている。それがきっかけとなり、「それまで共和党の外にいた特に南部の従来、民主党員であった宗教保守派の有権者を新たに共和党員として同党に引きつける役割を演じた」(久保文明氏)。さらにこれら共和党員は88年大統領選挙ののちも党内に止まり、大統領のみならず上下院議員公認候補者を決定するための予備選挙で重要なキャスティング・ボート集団として存在し続けるのである。彼らの最大の主張は「神に祝福されたアメリカの実現」。具体的には人工中絶の禁止、公立学校での神への誓約強制 --などである。

一方の「転向派」は60年代の学生運動世代が母体だ。左翼運動が急進主義にエスカレートしたことへの反動、民主党への幻滅 --など動機は様々だが、共通するのはリベラルへの強烈な憎悪だ。彼らの精神的指導者であるデビット・ホロウッツは、「左翼は単に間違っているだけでなく、危険である。従って保守派は容赦なく冷酷に彼らと闘わなくてはならない」と主張する。

この流れに連なる人脈としてフォルフォビッツ(国防次官)、リチャード・パール(国防省長官補佐官)、フランク・ギャフニー(国防省次席補佐官)、ディック・チェイニー(国防長官、副大統領)、ルイス・リビー(ホワイトハウス補佐官)、ドナルド・ラムスフェルド(国防長官) --といったネオコンサーバイストが輩出してくるのだ。「転向組」の多くがユダヤ系で、米国の国益とイスラエルの国益を同一視しているのも特徴である。