【コラム】

世界の街角から

5 ニューヨークで考えたこと(2)

河内孝  [2007/03/12]

I-netは、民主主義の敵か

米国で勉強したいと思っているテーマの一つが、「I-netは民主主義の敵か?」という問題です。これまでI-netをめぐる論議は主としてプログラマーなど技術畑の人達によって、「I-netで何が可能になるか」といった分野に集中してきたように思います。無論、この分野の研究は必要で、成果の一つが梅田望夫氏の「ウェブ進化論」(筑摩書房)でしょう。この本の価値は、普通の人に来たるべきI-net社会の姿を分かりやすく説明したことでしょう。

しかし米国に来て見ると、これはやはり「入り口」の議論であって、米国研究者の主な関心は「I-netが社会をどのように変えるのか」、あるいは、「どう変えてしまったのか」という出口の議論に移っているような気がします。そして、この分野で活発に議論を交わしているのは技術系の人でなく社会心理学、哲学、法律家であることが特徴でしょう。

一連の議論の口火を切った一人がシカゴ大学法律大学院教授、キャス・サンスティーン氏。同氏は00年に出版した、「Republic.com」(邦訳「インターネットは民主主義の敵か」毎日新聞社03年)の中で、「自分の関心のある領域の情報だけを集める"デイリーミー(日刊自分新聞化)現象"は、社会の分極化を招き、民主主義発展のための阻害要素になりうる」と述べています。

世の中には、見たくなくても聞きたくなくても知らなければならない「現実」があるはずです。今回のアカデミー賞で、ゴア元副大統領が監修した地球温暖化を訴えるフィルムが、「ドキュメンタリー賞」を取りましたが,そのタイトルが、「Inconvenient Truth」であったのは象徴的です。不愉快な、知りたくない、でも知らなくてはいけない真実 -- という意味ですから。コミュニテイの発展や、そこにかかわってゆくことを拒否して、限りなく自分にしか関心のない「情報お宅」を作りだす機能しか働かないならI-netはコミュニテイと民主主義の敵と定義されても仕方ありません。

メディアの世界で数年前に話題となった「EPIC2014」でも万能ニュース作成マシン、グーグルゾンが使い方によっては、「最悪の場合、多くの人にとって、EPICはささいな情報の単なる寄せ集めとなる。その多くが真実でなく、狭く浅く、そして扇情的な内容となる」(永野弘子訳)ことを指摘しています。

I-netユーザーを説明するときに必ず引用される有名なエピソードがあります。米国国会図書館は1995年以来、民主主義国家の中で最も完璧なウエッブ検索システムを持っていますが、このサイトに過去最高のアクセスが集中したのは98年の「スター委員会調査報告書」が公表されたときです。言うまでもなく、この調査はクリントン大統領とホワイトハウス・スタッフであったモニカ・ルインスキーの情事について行われたもの。レポートには大統領とモニカ嬢が赤裸々に語る不倫の有様が再現されていました。

「それで何が悪いのか。I-netとはそもそもそういうものではないか」という議論は一見、説得力があるように見えます。でもこれは18世紀、英国産業革命時の、「汽車が走ると牛がミルクを出さなくなる。鳥が卵を産まなくなる」と同じように極論なのです。われわれはあたらしい産業ツールが生まれたとき必ず、これを制御するためのルールを確立してきました。汽車だってどこでも走り回られては困るし、自動車にも道路交通法が必要なのです。

今回、私がコロンビア大学で何度か教えを受けたビジネススクールのエリ・ノーム教授は05年に、「何故I-netは民主主義を悪くするのか」という比喩的な論文の中でこのように述べています。

教授は情報へのアクセス、個人、集団の意見表明のといったインターネットの機能を評価した上で以下の疑問を提示します。

  1. I-net にはミクロ情報を結論に短絡させる生理的欠陥がある
  2. 全ての人が聞くことより語る方にエネルギーを使う傾向がある
  3. I-net技術がテキストベースからビデオなどネットキャスト時代に入るとデジタルデバイト(技術を持つ人と、持たぬ人との格差)だけでなく投入資源が問題になるから、結局、資金のある政治家や団体企業に有利な技術となる
  4. I-net交信では量が問題になるから質に転化させる機能がない。自分たちの意見を多数にするために議論を単純化させ、過激にする傾向がある
  5. I-netには多様な意見を調整する機能が働かない。
  6. 直接参加というが首相にメールを送っても精精、自動化された反応があるだけ。そこで量に頼ることになるが、この繰り返しは送り手、受け手双方をシニカルにするだけ。結局、手書きの手紙が一番有効という皮肉な結果となる。
  7. I-netに社会を動かす力があるのは事実。しかし、これは過激な革命にも結びつく。民主主義は、一種の不変性、不活性さも必要だ。

だからI-netにアテネの直接民主主義の夢をかぶせるようなロマンチズムに陥ってはならない -- というのが教授の結論だ。少しこの議論を続けてみよう。

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