【コラム】

世界の街角から

2 中国で考えたこと(下)

河内孝  [2007/02/17]

正式にはなんと呼ぶのか。TVでおなじみ、20万人が集えるという天安門前広場を見下ろす城壁に立った。

毎日新聞の飯田和郎支局長によると、冬の北京では強い北風が吹くときだけ青空が顔をのぞかせるという。この日は風が吹いて快晴。しかし吹き飛ばされた亜硫酸ガスの行き先が朝鮮半島と、日本海地方と聞くと手放しで喜べない。改めて昨日、経験した空港からの高速道路の渋滞と、かまどの底をのぞいた様なスモッグを思い出した。

そしてもう一度、目を下の広場を埋める人並みに向ける。順番を待つとか、穏やかに話すといった生活様式に一切無縁な人々がてんでばらばら歩き、写真を撮り、ものを喰い、ざわめき、車道を横切り、それへ向けて鋭い車のクランクションがこだましている。

折角、軍事パレードの時は政府要人が並ぶ、「お立ち台」にいるのだ。胡錦涛国家主席になったつもりで考えてみるか。

「たずなを緩めれば国民は一斉にあらぬ方向に走り出す。政府、党官僚は汚職のやり放題。といって銃口と鎖で統制しようとすれば、西欧社会は、「第二次天安門前事件」と大騒ぎだろう。とかく世間はやりにくいなあ」。

大変でしょう。同情します。前回も言ったことだが、目で見える変化を追うことは楽だ。例えば最初に中国を訪れた80年代、空港からの高速道路は未だ出来てなかった。どこまでもポプラ並木の続く舗装状態の悪い道の脇を牛車がのんびり荷物を運んでいた。分かりにくいのは、目に見えぬ人の心の変化、体制の変化だ。

中国の政治システムは、共産党と行政府が補完しあって統治する二重権力体制なのだが、これがなかなか分かりにくい。

「党が政策を立案し、政府が実施するのです」などと言われると、「フーンそうか」と思う。しかし共産党の常務委員が北京、上海といった特別市の市長を勤めていたりするから、また混乱してしまう。

シカゴ大学のイーストン教授は、「人間の行動を規定する価値体系には、福祉価値(物質的利益)と名誉価値(権力の保有、行使)とがある」と述べた。中国の改革開放路線は、党員でないビジネスマンが大金を稼ぎ、「1万元(16万円)」の食事を楽しみ、ベンツに乗り、億ションに住むという福祉価値を与えてきた。他方、中国共産党は国家権力と、その行使(名誉価値)の独占を緩める考えは全くない。

米国は原始的とも思える資本主義の信奉国家であり、結果として「格差社会の原点」のようなところがある。しかし、その反面としてキリスト文明の戒律というバランサーが働いてきたことも事実だ。あのジョージ・ソロスやビル・ゲイツが、何故、あれほどの巨額を社会福祉活動に献金するのか。

彼らの心の奥底には未だ、「金持ちが天国の門をくぐるのは針の目を通すより難しい」というキリストの言葉を信じる気持ちが残っているのではないだろうか。献金は目的を選んだ納税であり政策目標の実現が可能になる。一方で政治献金を通じて選挙、政治に参加することも出来る。自分が指示した候補者が大統領になればワシントンDCだけで3000人が登用される政治任命で大使や閣僚になるチャンスもある。

こうして投票行動に加え金持ちは献金で、組合員は組織力で、福祉価値を名誉価値に転化させてゆくことが可能なシステムだ。

中国人もトウ小平(*1)から与えられたにんじんを糧に「成功」を夢見て走っている。ただこの福祉価値追求ゲームには、宗教というバランサーはない。富の公平な分配を掲げる共産主義にテーゼには、もともとバランスをとるという発想自体ない。その上、共産党一党独裁の旗は絶対降ろせないから福祉価値を名誉価値(権力参加といっても良いかもしれない)に転化してゆく道がない。

そうなるとこれらの人々は、いつまで、「良い服を着て、腹いっぱい喰えて、マンションに住み、新車に乗る」だけで幸せでいられるのだろう。

「余計なお世話だ。君ら日本人だってそれで60年間やってきたじゃあないか」と中国人は反発するだろう。

しかし、戦後日本はGHQの指令とはいえ共産主義政権もビックリの農地解放をやり、貧富差の最大の根源を取り除いた。自民党農政族が地方への予算配分を手厚くしたことは戦後民主主義の最大の成果ではなかったか。一次産業地域はその子弟を都会に取られたが反対給付で窮乏化は免れたからである。

翻って中国。彼らのバブル景気に、底知れぬ非人間性を感じる。都市と農村、持てる者と持ちえぬ者との間で進行中の格差は言うまでもない。が、より深刻なのは今日の中国には都市の「持てる人」が「持てば持つほど飢える」名誉価値への渇望を癒す手段がないということなのだ。

(*1):トウは登におおざと

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