Appleは香港でAppleストアによるiPhoneの直販を開始した。iPhoneは各国で特定の通信事業者を通して販売するビジネスモデルを展開している。事業者によってはiPhoneにSIMロックをかけその事業者専用端末とし、さらに長期間の固定契約を結ばせて無料でiPhoneを販売しているところもある。しかし香港ではこの方式は消費者に受け入れ難く、Appleも単体販売に踏み切らざるを得なかったようだ。

香港の街中でもiPhoneの販売広告はよく見かける

2年契約、特定事業者販売は"不自由、不合理"

香港のiPhoneは大手事業者のHutchison(ハチソン)から販売されている。固定契約期間は2年で、最大割引を利用すると実質無料で購入できる。最低基本料金のプランでもiPhoneの価格は25,000円近く割引されるため、他社の端末を買うよりもお買い得感は高い。

しかし2年間という長期契約は、iPhoneのような先進性のある端末を利用したいと考える香港の消費者にとっては長すぎるようだ。なぜならどうせ1年もすれば新しいiPhoneが出てくることはわかりきっているからだ。Appleが今のiPhoneを2年間も販売することはありえないだろう。そのため1年後になって新しい製品が出てきたにもかかわらず、契約期間がまだ1年間も残っているというのは、iPhoneのような製品を好む香港の消費者には耐えられない苦痛だ。

さらに特定の通信事業者と契約が必要という点も購入意欲を下げる要因となっている。香港はMNPの利用率が高く、同じ電話番号での他事業者への移転は容易だ。しかし現在使っている事業者の自分に合った料金プランを捨てて、Hutchisonへ移転してiPhone専用プランに加入しなくてはならないというのは端末の選択の自由度を著しく下げている。香港では端末と事業者の回線契約は完全に切り離されており、自分の使いたい端末を自分の好きな事業者で利用できるのがあたりまえになっている。「iPhoneが使いたい」と考えている消費者に「他の事業者へ乗り換えろ」しかも「iPhoneの専用プランに契約変更せよ」というのは香港では極めて"非常識"な考えだ。またiPhoneはパケット定額プランに入りWebサービスを自在に利用するのに適した端末ではあるが、iPhoneをどう使うかは消費者が自分で自由に考えてもよいはずだ。音声通話だけに利用するから安い料金で利用したい、と考える消費者もいて当然なのだ。

それに加え、香港では携帯料金が頻繁に改訂される。料金は変わらなくとも利用できる無料通話分数、パケット料が増量されることは日常茶飯事である。たとえば最近はモバイルインターネットの普及に向けた料金プランが各社から出てきているが、同じ料金で比較すると、1年前はわずか5MBしか利用できなかった無料データ通信利用分が、今では100MBにまで増量されている。2年間も固定契約を結ぶより、1年おきに契約を更新したほうがはるかに得というわけだ。

価格よりも自由度を選ぶ香港の消費者

また香港ではSIMロック販売がほとんどされていない。SIMロックをかけて見かけ上端末の値段を下げても「固定契約期間が長い」「中国や台湾など隣国へ出かけたときに現地のSIMカードに入れ替えできない」などデメリットのほうが多いからだ。またSIMロックは改造業者などによって簡単に外れてしまう場合もある。すなわち香港の消費者は"安くて不自由なSIMロック端末"よりも"完全自由なSIMロックの無い定価販売の端末"を好み、香港の事業者もせっかくかけたSIMロックがはずされる可能性があるのならば、SIMロックをかけた安価な販売方式は取らないというわけだ。消費者と事業者、双方の思惑が一致した結果が香港ではSIMロック販売が一般化されない理由なのである。

このように端末の定価販売が一般的な香港市場では、メーカーが値段の高い端末を販売する場合、その値段に見合っただけの魅力のある端末を投入しなければ消費者からそっぽを向かれてしまう。逆に言えば価格に見合っただけの価値があれば、高い端末でも飛ぶように売れるのだ。たとえばNokiaのプレミアモデルは10万円以上するが、常時品切れになるほどの売れ行きだ。日本では大幅に割引販売されているHTCのスマートフォンも、香港では6万円以上の価格ながら販売は好調である。もちろん価格が高いと思うなら、”携帯電話=家電製品”にすぎないのだから分割払いなりローンを組めばよく、このあたりは自動車を買う感覚に似ているだろう。

iPhoneも同様であり、特定の事業者と長期契約して安価に入手できるよりも、単体で相応の価格であれば購入したいと考える香港の消費者の数が予想以上に多いのだろう。そのためAppleは世界中で統一している「事業者販売」というビジネスモデルを香港市場に完全導入することはできなかったようだ。事業者と無関係に単体販売を行えば、Appleが何らかの収益を事業者から得ることもできなくなってしまう。しかしAppleだけが事業者販売を強行し続けたとすると、他社から出てくる魅力的な新製品に消費者の興味が移行してしまう可能性も高い。たとえば8月に発売されたBlackBerry Boldは1ヶ月ほど品切れが続き、iPhone以上の人気を見せていたくらいだ。すなわちAppleの理論や考えを市場に押し付けたところで、消費者にそっぽを向かれてしまってはiPhoneの売れ行きそのものまでもが失速してしまうだろう。

オンライン販売で購入できる単体のiPhone。中国から空輸で届けられる(写真は輸送パッケージ)

Appleストア香港(オンラインのみ)のiPhone単体価格は8GB版でHK$5,400(約7万円)、16GB版でHK$6,200(約8万円)だ。これを高いと考えるか安いと考えるかは利用スタイルにもよるが、重要なことは契約不要で単体で買えるということだ。たとえば会社経費で購入できれば自分の懐を痛めずにiPhoneを入手することもできる。価格が高いと感じたとしても、契約などの余計な拘束なく単体で自由に買えるメリットは高いのだ。今後iPhoneの販売は他国へも広がっていくだろうが、Appleの考える端末販売方式が、どこの国でも成功するとは限らない。香港のように単体販売を行う国が出てくることもありうるだろう。