情報システム部門の価値を向上させたSAPシステム

あるユーザー企業のCIOの発言である。「20年前はシステム構築と言えばスクラッチでありCOBOLだった」「したがって、新入社員も理系の大学や専門学校卒を採用し、プログラミングから研修させたものだ」と。

当時のシステム構築はハードウェアを自前で調達し委託開発したソフトウェアをインストールする形式だった。迷うことなくこの方式しかなかった。社内情報システム部のSEはCOBOL言語を習得し、ファイル設計やUI設計に従事していた。

現在はどうだろうか。システム構築方法も多様になっていることに加え、オンデマンド/オンプレミスという言葉に代表されるようにシステムの保有形態も多様になっている。SAPシステムのような基幹システムを対象としたパッケージが登場したことでユーザー企業の情報システム部門の役割が変化したのである。

業務部門の要件を正とし、システム化に必要なハードウェアを調達し、要件通りに設計/開発する役割から、SAP製品が保有する機能を正とし、あるべき姿を設計/開発する役割を業務部門と共に担うことになった。

SAPシステムは企業価値の向上に寄与するものであるが、情報システム部門の価値も大きく向上させた。

語弊を恐れずに言うが、情報システム部門は業務部門の御用聞きだったのである。それがITの側面からイノベーションを起こすことができるツールを手に入れたのだ。

情報システム部門の姿

私が属する日立グループのある組織では「CIOは"Chief Information Officer"ではない。我々が言うCIOは"Chief Innovation Officer"だ」と説いている。ただし「ITの側面だけでイノベーションを生み出すことは不可能であり、業務部門の関与は不可欠である」とも言っている。SAP導入プロジェクトの失敗事例もたびたび耳にすることもあるが、成功の秘訣はここにある。情報システム部門は御用聞きを脱し、業務部門に対して「システム化は困難です」という回答から「こういったツールがあるので、こういった取り組みを実現していきませんか?」という提案ができる情報システム部門に変化すべきである。

SAP製品にはイノベーションを生み出す潜在能力を秘めている。"ベストプラクティス"であり、"KPIツリー"であり"大福帳型データベース"である。社内SEの役割や仕事内容が変化してしまうことは自明である。

読者の皆さんが所属する企業や取引先の情報システム部門はいかがであろうか。往々にして理想通りの変革が実現できない企業もあるのではないか。冒頭のCIOの悩みも情報システム部門の組織設計にある。「基幹系パッケージが日本に上陸して、たかだか20年」「スクラッチ全盛時代に採用した新卒が、今では40才前後の管理職クラス」「過去の成功体験を持つ者ほど変化を望まない」というのが現状だと言うのである。

ドイツの哲学者ヘーゲルは言う。「世界で情熱なしで成就された偉大なものはなかったと確信する」と。理性を圧倒するほど激しい情熱を持ち、真剣に物事にあたる。あなたが情熱を持っていて「出た杭」で打たれ悩んでいるのであれば「出すぎた杭」になればよい。

SAP製品を理解した上でイノベーターに変身することを真剣に考えてはどうだろう。

社内SEに求められるスキル

「グローバル化」と言われてどれだけの時間が経過したのだろうか。

政府や調査機関が発表する経済統計データを確認するまでもなく、日本企業のマーケットが海外にシフトすれば、IT投資も国内向けではなく海外の比率が高くなることは当然である。IFRS(国際会計基準)に代表されるように、管理部門でもグローバル化が差し迫っている。しかし国内のシステムしか担当していない者には、グローバルや海外と言われてもどうすればよいかわからない。

昨今の経済状況では新規IT投資は困難であり、ITの側面ではグラウドなど新しいコンセプトが自社に適用できるか確証が持てずにいる。現在は「視界ゼロだ」というが実感ではないだろうか。

しかし、ここで思考が止まっては何も始まらない。ぜひとも自社の未来の姿を仮説として立案してみてほしい。

ディスカッションパートナーとして、コンサルファームを活用することも手段のひとつだ。しかしながら自分のこととして、一人称で考えるべきである。

ひとつヒントを挙げておく。IFRSに関する情報をメディアなどで多く見聞きするようになった。「連結財務諸表としてJGAAP用とIFRS用という複数ブックを持つ仕掛けをSAPシステムで実現」するには、「SAP R/3 46cから最新バージョンにアップグレード」して、「NEW GLを導入」して……と考える情報システム部門が多いことだろう。

しかし、具体的な対応策を考える前に検討することがある。IFRSの本質とはすなわち、グローバル化した投資家の要請が同じ基準で企業を評価する仕組みの実現であり、システムの対応はそれを実現する術だということだ。

そう考えてみるならば、ここで検討が必要となるのは標準化/統一化であり、それを自社の経営とどう結びつけるか、であろう。

執筆者紹介

泓秀昭 (Fuchi Hideaki) 日立コンサルティング ディレクター

日本の大手情報機器製造・SI企業を経験後、SAPジャパンにて、プロジェクトマネージャーとして複数の大規模プロジェクトを手掛ける。コンサルティング部門の部長に就任後、主に製造業のお客様に対し、SAPジャパン主導によるプロジェクトを複数統括する。その後、日立コンサルティングに入社、現職に至る。