ミケランジェロは言う。

人間にとって最大の危機は、高い目標を設定して達成できないことではなく、低い目標を設定して達成し、満足してしまうことである。

CIOアジェンダ

さて、昨年のリーマンショックから1カ年が経過した現在、来年度のIT計画立案のタイミングなのであろう。来年のCIOアジェンダに関する相談が筆者にも例年より多くなっている感覚がある。

CIOの相談は、「現在は視界ゼロの状況下である。どうしたらよいのだろう?」から始まり、「価値は創造したいが、コスト削減の圧力も依然強い」という二律背反のジレンマを感じている方もいれば、「ビジネスの成長を支援するITを構築したい」「ビジネス戦略とIT戦略を融合したい」「IT組織を再設計したい」というCIOもいらっしゃる。

フォローワーではなくリーダーとなるCIOは次の3点を意識するべきであろう。

  • 経営の視点 … 健全なキャッシュフロー、市場シェア拡大、コスト構造の変革、グローバル化
  • 業務部門の視点 … 新商品やサービス、業務改革、外部連携
  • ITの視点 … 守りの課題(リスク対応、ガバナンスなど)と攻めの課題(イノベーション支援など)のバランス

以上が2010年に向けてCIOが考えるべきことであり、つまり、経営とユーザとITのWIN-WIN-WINの関係構築である。

SAP導入プロジェクトと近江商人の経営理念「三方よし」

「民主党政権におけるロビー活動のあり方」という会話に接する機会があった(余談であるが、日立コンサルティングに在籍していると政策立案アドバイザリーファームのロビーイストという職種とも関係ができたりする(余談の余談であるがロビー活動に疎い方は憲法16条の請願権から理解されるとよい))。

政官業の癒着は不可、霞ヶ関にかつてのパワーがなくなった時代における正しいロビー活動は何か?という議論であった。パラダイムシフトが起きた現在における新しいロビー活動は、政策アドボカシーとしての「唱道」 - 近江商人の理念「三方よし」だと言う。「三方よし」は、売り手よし、買い手よし、世間よし、という経営理念である。

さて、「SAP導入プロジェクトにおけるSAP認定コンサルの価値」という原稿を書こうとしている筆者の周りで、CIOは「経営」「業務」「IT」の三角バランスを考えている。ロビイストは「三方よし」の理念だと言う。

SAP導入プロジェクトにおいても、導入パートナー + IT部門 + 業務部門のコミュニケーションマネジメントという課題を意識したプロジェクト運営は、読者の皆さんも経験されていると思う。

今一度、近江商人の話に戻そう。近江商人は、自国で商売をするのではなく基本は他国行商である。すなわち、異国という血縁や地縁もない土地で得意先を開拓し、信頼関係を構築することで地盤を広げ、大きな富を築き上げたのである。その理念が売り手(近江商人)だけが得をするのではなくWIN-WIN-WINの関係を構築すること「三方よし」であった。ひるがえって、SAPのような企業の基幹を担うシステム導入プロジェクトは、同様のバランス感覚が必要ではないだろうか。

SAPコンサルタントの価値 - 目標達成に"満足"してしまうことの危うさ

本連載でも繰り返し言っているが、「SPRO」を使いこなすことがSAPコンサルタントの価値ではない。

CIOは大きな予算を稟議申請で通し、ユーザ企業は経営や業務部門を巻き込んだプロジェクトの発足を承認しているのである。その大きな期待に応える必要がSAPコンサルタントにはある。

本稿の冒頭にミケランジェロの格言を記した。ぜひ、大きな目標を設定してほしい。一部のコーティング本では、この格言を引き合いに出し「もう少しで達成できそうな目標は何ですか?」「もう少しがんばれば達成できそうなことは何ですか?」などと説く。しかし、ミケランジェロは達成感を味わうことを推奨していない。満足するなと説いているのだ。

SAPコンサルタントのカウンターであるCIOは、自分のクビをかけてパートナーを選択している - この事実は重い。

最後にもうひとつの格言を記しておく。これは次稿につなげる意図も持って。

あなたは自分を「どんなことができるか」で判断します。しかし、他人はあなたを「実際に何をした人か」で判断するのです。

これはトルストイの言葉である。

執筆者紹介

泓秀昭(FUCHI Hideaki)

日立コンサルティング ディレクター。日本の大手情報機器製造・SI企業を経験後、SAPジャパンにて、プロジェクトマネージャとして複数の大規模プロジェクトを手掛ける。コンサルティング部門の部長に就任後、主に製造業のお客様に対し、SAPジャパン主導によるプロジェクトを複数統括する。その後、日立コンサルティングに入社、現職に至る。