「乗り物とIT」というと、乗り物(ヴィークル)を動かす際に情報通信技術がどう関わってくるかという視点で考えがちである。しかし、今回から視点を変えて、その乗り物を生み出す過程で情報通信技術が大活躍している、という話を取り上げてみたい。

そこで、ダッソー・システムズのCATIA事業部ディレクターの千葉隆之氏と3DSビジネストランスフォーメーション事業部テクニカル・ディレクターの岡部英幸氏に話を伺った。ことに航空機産業に関わっている方、関心がある方にとってはなじみの企業だが、その他の分野にも広く関わっている。

ダッソー・システムズ CATIA事業部ディレクター 千葉隆之氏

ダッソー・システムズ 3DSビジネストランスフォーメーション事業部テクニカル・ディレクター 岡部英幸氏

CAD製品の進化

日本では「デザイン」というと「意匠」の話だと思われる傾向があるようだが、実際には英語で「design」というと「設計」も対象になる。

筆者は大学が機械工学科だったので、入学から卒業まで、図面を描く機会はやたらとあった。なにしろ1980年代後半の話だから、製図板に大きなトレーシング・ペーパーを敷いて、鉛筆や定規などを駆使して図面を描いていた。

しかし、今の設計・生産の現場では話が違う。大抵の場合、CAD(Computer Aided Design)ツールを用いて、コンピュータの画面上で作図を行っている。コンピュータ上で作成した図面のデータを、そのまま工作機械に送り込むことができれば、迅速かつ精確な製作が可能になる。いわゆるCAD/CAMである。CAMはComputer Aided Manufacturingの略だ。

ところが、よくよく考えると、かつてのCADとは「製図板とトレーシングペーパーがコンピュータ画面に置き換わっただけ」であった。つまり「aided」とは言えなかったのだ。ところが最近では、そのCADツールが大きな進化を遂げている。

例えば、コンピュータ上で(2次元ではなく)3次元のデータを作成できれば、いちいち模型を作らなくても、外形や内部空間の取り合いを検討することができる。F-35ライトニングIIみたいに、内部にさまざまな機器やタンクや配管などがギチギチに詰まっている機体を設計する際、この空間の取り合いに関する検討はとても重要だ。

その3D CADの分野で知られている製品の1つが、ダッソー・システムズの「CATIA」である。ことに航空宇宙・防衛産業界での知名度は高く、昨年に東京ビッグサイトで行われた「国際航空宇宙展2016」(JA2016)でも出展があった。

そのダッソー・システムズで、同社がどのようなソリューションを実現・提供しているのかについて聞いた。

ダッソー・システムズとCATIA

ダッソー・システムズは、フランスのダッソー・グループを構成する企業の1つだ。グループ企業としては航空機メーカーのダッソー・アビアシオンが有名だが、大手日刊紙のGroupe Figaroもグループの一員である。意外なところでは、Chateau Dassaultというワイナリーもある。

そのダッソー・アビアシオンで、自社の業務用として3D CADのソフトウェアを開発した。その3D CADツールを手掛ける企業としてスピンオフしたのがダッソー・システムズである。同社製品のユーザーとしては、航空宇宙・防衛分野が知られているが、自動車や産業機械、さらには都市計画に関わるなど、多種多様な分野で事業を展開している。

3D CADとしてスタートしたCATIAはその後、3Dデザインやデジタル・モックアップ(後述)などの機能を加えた。そしてダッソー・システムズは、PLM(Product Lifecycle Management)を提唱するようになった。設計だけでなく、製作、納入、メンテナンス、リサイクルまで、総合的にカバーしようという考え方だ。

その後、多様な製品群による「3DEXPERIENCE」に発展を遂げて現在に至っている。主要な製品は以下のような陣容となる。

  • SOLIDWORKS(製品開発業務プロセス管理)
  • CATIA(3D CAD)
  • GEOVIA(地球環境のモデリング)
  • BIOVIA(生物学、科学、材料科学のモデリング)
  • SIMULIA(各種シミュレーション)
  • DELMIA(生産分野のオペレーション)
  • 3DVIA(販売支援などのコンシューマー・エクスペリエンス)
  • 3DEXCITE(3Dビジュアル化)
  • ENOVIA(コラボレーション支援)
  • EXALEAD(ビッグデータ解析)
  • NETVIBES(ビジネス・インテリジェンス一元管理のダッシュボード)

これらの製品群は、「設計・製作」「シミュレーションや仮想環境」「情報管理」「コラボレーション」の4分野に大別できる。それらが1つのプラットフォーム上にまとまり、相互にデータをやりとりしながら機能することで、「要求仕様の策定~設計・試作~製造~販売」というプロセス全体をカバーする。

ダッソー・システムズの製品群は、「3DEXPERIENCE」という旗印の下で、構想から製造までのプロセスをカバーする

製品群を連携させる一例

例えば、クルマをひとつ作りましょう、という場面を想定してみる。実際には複雑かつ多様な作業が必要だが、そちらが本題ではないから、目一杯端折りながら話を進める。

まず、製品のコンセプト作りとともに、要求仕様をとりまとめる必要がある。外寸はこれくらい、定員は何人、走行性能はこれぐらい、などといったものだ。それが固まらないと話は先に進まない。

同じようなコンセプト、同じようなカテゴリーのクルマでも、車内外のデザイン(意匠の部分)はデザイナーの感性などに依存して大きく変わる。しかし、いくらデザイナーが魅力的なデザインを生み出しても、車内が窮屈になったり、パワートレインや燃料タンクなどの機器類があるべきところに収まらなかったりすれば、クルマとして成立しない。

そしてもちろん、操縦性や衝突安全性能の観点から、車体には備えるべき強度・剛性というものがある。

そこでダッソー・システムズの製品群を活用するとどうなるか。例えば、デザイナーがタッチペンを使って画面上で線画を描くと、それに基づいて3次元のモデルを起こしてくれる。また、表面にテクスチャを張り付けて、色や模様などの検討を行うこともできる。

前述した機器配置や居住性の問題を解決する場面でも、3次元モデルが役に立つ。車体のモデルの中に、エンジンや変速機や燃料タンクやバッテリなどのモデルを組み込んで、内部空間の取り合いをコンピュータ上で検討・検証できる。単に収まるだけでなく、組立や整備の作業性も考慮しなければならない、大事な作業だ。

車体の強度・剛性については、有限要素法のように、コンピュータ上で計算を行う手法があるので、それを活用できる。静的な強度だけでなく、衝突したときの壊れ方も考慮しなければならないが、これもシミュレーションが可能だ。

車体の形状や構造が決まっていれば、どちらの向きから、どれぐらいのサイズ・形状のものが、どれぐらいの速度でぶつかってきたか、というデータを与えることで、壊れ方の計算も可能になる。走行中に外部から荷重が加わった時の車体の変形についても同様だろう。

また、自動車の車体設計では空力的な考慮が不可欠だが、これもコンピュータによるシミュレーションが可能だ。いわゆる数値流体力学(CFD : Computational Fluid Dynamics)の領域である。

1つの製品を送り出す過程で、「意匠」「エンジニアリング」「システム・アーキテクチャ」といった領域が関わり、相互に影響し合う

こうした、一連のプロセスを概観できる動画があるので紹介する。

CATIA 3DEXPERIENCE Social, Instinctive, Inclusive [TEASER]