欧州債務危機の再燃は、相場を動かす因子としては極めて順当

前回、ゴールデンウィークは相場が荒れやすいとコメントしましたが、今年も波乱要因はユーロでした。特定の波乱要因を王道と表現するのはいささか語弊がありますが、実際に国際金融市場の最前線で取引をする人たちにとっては、欧州債務危機の再燃は相場を動かす因子としては極めて順当だったと言えるでしょう。

ここにきてフランスの大統領選、ギリシャの選挙など欧州にとって悪い材料が一斉に出てきたように思われるかもしれません。しかし、思い出して下さい。昨年の年末から今年の年初にかけて、世界中はユーロ悲観論で一色でした。しかし、今年の2月から4月まではやや楽観的な見方に変わっていました。

昨年の時点から現在に至るまで、欧州債務問題を抜本的に解決するような提案は何もありません。したがって、極論ではありますが、フランスの大統領選やギリシャの選挙がどうであれ、いずれにしてもユーロ危機が早晩再燃するというのはむしろ当然の成り行きだったと言えます。

今年の1月中旬の事になりますが、この連載の第1回目第2回目でユーロ危機の解説をしました。その際に申し上げたのは、短期的には昨年12月に実施されたECB(欧州中央銀行)による3年物の資金供給オペ、通称LTROが功を奏して通貨ユーロの買い戻しが優勢となるが、事態は収束と悲観を繰り返しながら危機そのものは長丁場になる、というポイントでした。

どのような相場でも一直線に下落するわけではない

そして、欧州危機に関してはもう2年近くも放置されたままです。ユーロの原則であるマーストリヒト条約に則ればギリシャをユーロから切り離すのが妥当という点にも触れました。原則を無視しているのですから、ギリシャの債務負担を、そしてギリシャだけでなく、他の欧州域内で財政が悪化している国の負担を、欧州全体で抱え込むことになります。となれば、欧州全体でみれば債務問題が波及し経済・財政状況が悪化することはあっても、改善の方向は見出しにくくなります。

そうした観点からすると、長期的にユーロは下落する方向と見ざるを得ません。しかし、たとえ進む方向が明らかだとしても、どのような相場でも一直線に下落するわけではないのです。市場で取引されている為替レートは上下動を繰り返しながら、ある程度の時間をかけて下落するものです。一般の解説や分析では登場することはないかと思いますが、この『時間軸』の概念を頭において置かないと、ディーラーとしては「相場の方向は当てられたのに、実際の取引では損失をだしてしまった」という状況になりかねません。

通貨ユーロの崩壊まで最悪のシナリオを市場が織り込んでしまったのが今年の1月中旬。やがてユーロの崩壊や再編の可能性はあるにしても、それが実際に今年の1月に起こるわけではなかったために、悪い材料を先取りして動いてしまった分は、そうでなかった場合、元に戻ってしまうのです。それが2012年年初までのユーロ売り、その後のユーロの買い戻しの動きです。

【出典:FRB】

「LTRO」で最悪の状況は回避、早い人は1月下旬・遅い人で4月に気づく

昨年後半、欧州の金融機関の破たん、あるいは欧州域内の国のデフォルトなど最悪の結果を予想しながら、為替市場で市場参加者のユーロ売りが過度になりつつある時に、登場したのが「LTRO」でした。これは資金不足となっていた金融機関の目先の資金繰りの改善には非常に効果的な政策です。資金調達の難しかった欧州の銀行は、保有する債券をECBに持ち込めば、それを担保にお金を借りることができるのです。

しかも、通常こうした担保として適格とされるのは国債など安全なもののみと限られていますが、「LTRO」では担保として認める債券の種類の基準を大幅に緩めたのです。言うなれば、これまで何の役にも立たないと思われたただの紙切れまでもが、突如お金の代わりになったのですから、その効果は絶大です。

初めて今回のLTROについて報道がされたのは2011年11月24日のことでした(http://jp.reuters.com/article/treasuryNews/idJPnJT803365220111124)。その決定が欧州の政策金利0.25%の引き下げとともにECB理事会から公式発表されたのが12月8日です。

しかし、市場は利下げ幅が小さいこと、LTROも事前の予定通りということで、むしろECBの決定に失望し、通貨ユーロや欧州の債券を盛んに売っていました。ここに「LTROの効果」とそれに対する「市場の認識」に大きなギャップが生じたと言えます。つまり、市場参加者は見方を間違ったのです。こうした市場の間違いというのは実はよくあることで、だからこそレートが上下動すると言ってもよいでしょう。そして、市場参加者の思惑と実態との乖離にいち早く気が付いて取引をし、収益を上げるというのがディーラーの仕事の1つでもあります。

結局はこのLTROによって「経済の血流=お金の流れ」が止まってしまう、経済システム自体の破綻という最悪の状況を何とか避けることができたのです。したがって、最悪の状況によってもたらされる欧州の金融機関の破たんや域内の国のデフォルトの可能性も消失しました。市場がそれに気が付いたのが早い人で1月下旬、遅い人で4月ということです。LTROが見直される過程でユーロは買われ上昇しました。

"悲観"と"収束"を繰り返しながら長期的にユーロは下落

12月8日の時点でLTROの第一回目は2011年12月21日、第二回目は2012年2月29日と発表がされていました。第3回目の予定は未定で、そもそも実施されるかどうかもわかりません。ということは第二回目のLTROが行われる前後までは、市場は欧州債務危機に対して一安心とみてユーロを買い戻しするだろうが、それが一巡すればまたユーロ危機は再燃し、ユーロも下落するという時間軸の予想が立てられます。

というのも、金融経済システムの崩壊を防ぐという点ではLTROは確かに効果がありますが、これでユーロの債務問題が全て解決したわけではないからです。市場は2月29日以降も、つまり再度欧州債務問題の再燃に向けて気を引き締めなければならない時期でも、しばらく楽観視が続いていました。したがって、今回のようなフランス、ギリシャの選挙結果などを受けると、市場参加者は再度悲観に大きく傾くことになり、通貨ユーロも急激に売られやすくなっていると考えられます。

さて、今後のことですが、先述の通り相場は一直線に動くものではありません。"悲観"と"収束"を繰り返しながら長期的にユーロは下落するという以前からのイメージに変化はありません。私自身の経験上、相場取引で最も損失を出しやすいのは自分自身の気持ちに動揺がある時です。相場取引だけでなく、こうした問題を考える時は出てくるニュースに一喜一憂するのではなく、大局的に一歩引いて眺めるのが得策と思います。

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執筆者プロフィール : 岩本 沙弓(いわもと さゆみ)

金融コンサルタント、経済評論家、経済作家。大阪経済大学 経営学部 客員教授。1991年東京女子大学を卒業し、銀行在籍中に青山学院大学大学院国際政治経済学科修士課程終了。日、米、加、豪の大手金融機関にて外国為替(直物・先物)、短期金融市場を中心にトレーディング業務に従事。その間、国際金融専門誌『ユーロマネー誌』のアンケートで為替予想部門の優秀ディーラーに複数回選出される。現在は、為替、国際金融関連の執筆・講演活動の他、国内外の金融機関勤務の経験を生かし、英語を中心に私立高校、及び専門学校にて講師業に従事。新著『世界恐慌への序章 最後のバブルがやってくる それでも日本が生き残る理由』(集英社)が発売された。