今回は先日行われた第81回アカデミー賞で主要5部門にノミネートされた『フロスト×ニクソン』をいち早くご紹介。惜しくも賞は逃してしまいましたが、私の周りで試写を観た誰もが絶賛していた作品です。

物語は1977年に行われ、4,500万人が目にしたという伝説のインタビューが題材。アメリカのインタビュー番組史上最高の視聴数を記録したそうです。歴代大統領の中で唯一任期中に辞任し政界復帰を狙う疑惑の第37代アメリカ大統領リチャード・ニクソンと、全米進出を狙う英国のテレビ司会者デヴィッド・フロストの緊迫感溢れる話術を武器とした攻防戦の表と裏で繰り広げられた息詰まる駆け引きにスポットを当てたドラマです。そして今作の予告編、これが大変良く出来ているのです! まずはごらん頂きましょう。

まず、映像はニクソン大統領の辞任挨拶から始まります。

「今晩は。明日 私は大統領を辞任します─―」

そしてナレーションが続きます。

リチャード・ニクソン─―。ウォーターゲート事件に関与し、任期中に辞任した唯一の大統領。

ヘリへ乗り込むデッキで満面の笑みを浮かべ手を振るニクソンの姿を捉えたカメラに被せ、劇中のニュース・キャスターが

「しかし史上最大の罪を犯した男が─裁かれることはないでしょう」

と、リポートするワンシーン。

ニクソン大統領という名前は耳にしたことがあるものの、その大統領が何をして、それがどれほどアメリカ国民にとって重大な関心ごとだったのかは、"30年以上を経てしまった時間"と、"海外の事件"という2つの点において私たちには今ひとつ興味が薄く、ピンと来ません。しかしこの予告編の前半約30秒の間で観客は、「ウォーターゲート事件」に関与しているといわれるニクソンという名の大統領が、異例の辞任により疑惑をうやむやにしたんだな……と察します。

ニクソンを演じるのは舞台俳優として名高いフランク・ランジェラ

そして一転、舞台はトークショー。スポットを浴びる、デヴィッド・フロスト。

「僕がインタビューしたいのは ─―ニクソンさ」

続いてフロストの人となりが映されます。まず肩書きは"イギリスの人気司会者"。ワイドショーの司会者で、ファンたちに囲まれ、"陽気なプレイボーイ"らしい。そしてニクソンへのインタビュー願望と、ある"野心"を胸に抱いているということが伺えます。 この予告編の中盤までで、本作を楽しむために必要な情報がぎゅっと詰め込められています。本当に秀逸な予告編です。

そして後半では、本編で描かれる"伝説のインタビュー"が緊張感を伝え、終盤で流れるナレーション。

「これは、インタビューという名の決闘─」

この作品の見どころはまさにこの「インタビューという名の決闘」なのです! 途中のナレーションでも

「勝てば英雄、負ければ愚か者」

という言葉があるように、両者にはそれぞれ自分が望む世界で一花咲かせようとする思惑があり、このインタビューに自らの全てを賭けます。まさに"英雄"か"愚か者"のどちらかにしかなりえません。

『クイーン』のブレア首相役が記憶に新しいマイケル・シーンがフロスト役

この予告編は日本オリジナルのもので、アメリカのオリジナル版の素材を使用したり本編から抜き出して製作されました。内容は勿論ですが、重点を置いたのはキャラクターの紹介ということで、"知的な格闘技"をキーワードに巨大な敵に挑む若き格闘家をイメージしたそうです。

気づいた方もいることと思いますが、予告編で2人の主役であるフロストとニクソンが初めて登場するシーンには、正面からの姿ではありません。いずれも後方からの映像が使用されています。ニクソンは大統領辞任演説のスピーチのシーンを、フロストはトーク番組の司会者という肩書きを見せるために客席が映っているシーンを使用したそうですが、偶然とはいえ、実に印象的でドラマチックな人物紹介シーンとなっています。

肝心の本編ですが、特筆すべきは、アカデミー賞主演男優賞にもノミネートされたフランク・ランジェラが演じるニクソン大統領。"本物のニクソン以上にニクソンらしい"というのもおかしな表現ではありますが、絶大な存在感と素晴らしい演技で、「外見は似ていないけれど、ニクソンがいると感じる。精確さをしのいだ豊かさがある。」と本物のデビッド・フロストに言わしめたほど。巨大な権力を持った政治家の食えない感じや、プロの策士具合を威厳たっぷりに憎たらしく、時として愚かしく熱演しています。

かたやトークのプロともいうべき人気司会者フロストですが、戦う相手は、弁護士出身でポーカーの名手とも呼ばれたこともある大統領。その駆け引きの巧さは超一流です。 本作に寄せられたコメントの中にハリウッド・リポーターの「政治映画ではない。グローブなしで闘うボクシング映画」というものがありましたが、まさにその通り。歴史モノや政治モノがちょっと苦手な私にも、手に汗を握らせた名作です。30年以上経った今もアメリカのテレビ界で語り継がれる伝説のインタビューを是非あなたも目撃しに行かれては?

お互いブレーンを従えて臨む舌戦、心理戦には身を乗り出さずにはいられない

STORY

ウォーターゲート事件によって大統領辞任に追い込まれてたリチャード・ニクソン。謝罪なき会見を最後にメディアの前から姿を消して3年、政界復帰を目論むところへ、全米進出を狙うイギリスの人気司会者からのインタビュー依頼が舞い込む。

『フロスト×ニクソン』は3月28日よりTOHOシネマズ シャンテ他にてロードショー。

(C) 2008 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED

かつらの予告編★ジャッジ

内容バレバレ度 ☆☆
本編との共鳴度 ☆☆☆☆☆
ハラハラ緊迫度 ☆☆☆☆

春錵かつら(はるにえ・かつら)

映画予告編評論家 / ライター

CMのデータ会社にて年間15,000本を超える東京キー5局で放送される全てのCMの編集業務に3年ほど携わる傍ら、映画のTVCMについてのコラムを某有名メールマガジンにて連載。2004年よりフリーライターとして映画評論や取材記事を主とした様々なテーマを執筆しながらも大手コンピュータ会社の映画コンテンツのディレクターを務めたのち、ライター業に専念、現在に至る