【コラム】
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昔、こんなことがあった。
夕暮れ時、部屋で仕事をしていると、インターホンが鳴った。玄関を出てみると、50歳くらいの男性が小脇に冊子を抱えて立っていた。妙な笑顔で話しかけてきたので、すぐに宗教の勧誘だとわかった。いつもなら、無下に断るところ、なぜか僕は部屋に招き入れてみた。当時、僕は宗教に対してはっきりとした反発意識を持っていたのだけど、部屋で籠りっきりで、一週間ほど誰とも会って話をしてなかったので、好奇心というか、魔がさしたというか、一度しっかりと話を聞いてみようじゃないかと思った。
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外は雪が降っていたので、部屋にあがってもらって、座布団と暖かいお茶を出した。さあ、どんな話がでるのか。もし、執拗に勧誘してきたら、「宗教には興味ありません!」とはっきり対面で言うのもエキサイティングかもしれない。殺されはしないだろう、マンガのネタになるかもしれないし、あるいは、訪問者の話にすっかり洗脳されて、数日後には僕が冊子を抱えてお宅勧誘訪問……、まあ、それはないかなあと思いつつ、さあ、どんな切り口で宗教話をされるのか、わくわくした気持ちと多少の不安で受け入れた。1時間以上話を聞いたと思う。最後はなぜか、次回また会う約束をして別れた。
話の内容は、もっと「神」の存在など、一方的な話をされるかと思いきや、「神」などという言葉はいっさい出ず、「物理法則は生命維持のために絶妙に調整されているように思える」とか「宇宙について調べれば調べるほどその精密さと秩序を発見する」などという、どちらかというと、科学や哲学からのアプローチがみられ、なかなかこれはおもしろい勉強会だなあと、続きは次週となった。その人は毎週決まった時間に家に来るようになった。
「知らんおっさんが毎週、宇宙の話をしに家にくる」と、友人に話したらウケた。
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毎回、話のテーマは具体的に答えの出るような件ではなかったが、科学、哲学、宇宙の真理、ときには音楽の話、目にみえないものを語り合うことは楽しい。年齢差は倍以上あるような人と同じテーマで話をしているのもおもしろい。テーマは自由に脱線もする。その人から、教団の集いに来いとか、団体への具体的な勧誘はない。「こういうテーマを人に話すことによって、僕もとても勉強になるんです」とその人は常に謙虚。そんな奇妙な勉強会は週一で数カ月もつづいた。
ある日、例によって僕は部屋に籠りっきりで絵を描いていた。展覧会が近づいていたので、大きなキャンバスが何枚も立てかけてあって、狭い部屋でそれさらに大きく見えて圧迫感がある。夕暮れ時、インターホンが鳴った。あ! 忘れてたがいつもの宇宙のおっさん(その頃には心でそうやって呼んでいた)時間だ。制作に気力を使いすぎて今日は話をする気分ではなかったが、小一時間程度なら気分転換にもなるだろうと、招き入れた。部屋はいつもより散々としている、描きかけの絵や原稿、派手なアクリル絵の具をまき散らした大きなキャンバスがそのまま。思えば、僕はこれまで宇宙のおっさんを部屋に入れるときには、きれいに掃除していた。仕事をしている途中でも、道具や原稿は見えないように片付けた。宇宙のおっさんにできるだけ自分の仕事や情報を与えなくなかったからだった。おっさんは部屋を見渡して「お仕事中だったんですね、ごめんなさい」と言った。お茶とお菓子で、僕ははじめて、今の自分のことを、抱えている仕事や展覧会の話をした。
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季節も変わり、暖かくなった頃、宇宙のおっさんは、今日でこの訪問は最後にしますと言った。僕も、そろそろもういいかあと思っていたが、あらためて「最後」といわれると、宗教や神の話を今まで直接されていないのが気がかり。最後だし、思い切って「宗教や神というのを本気で信じてるんですか?」と僕から切り出してみた。すると「信じてます」と宇宙のおっさんはハッキリ言った。「でも……」と付け加えて、「タナカさんは、文化に携わるお仕事をなさってる、そういう人は僕が行っているような宗教活動は必要ないです。もの作りをする人は日頃から祈りに似た時間を体験なさっているのだだろうし、もう十分な信仰心をお持ちなんですから」
その日以来、宇宙のおっさんには二度とお目にかかっていない。
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なるほど、ものづくり、クリエイションに関わる仕事というのは、いい色やいい形、香りや手触り、美しいか、そうじゃないか、感性を総動員させ、目にみえないモノと関わってゆく、そういう意味では信仰なのか、創造はたしかに祈りに似た時間なのかもしれない。そうなるとクリエイティブというのは人生に迷うことの少ない、ずいぶん贅沢な仕事なんだなと、今でも思うことがある。
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タナカカツキ
1966年、大阪府出身。弱冠18歳でマンガ家デビュー。以後、映像作家、アーティストとしても活躍。マンガ家として『オッス! トン子ちゃん』、『バカドリル』(天久聖一との共著)など作品多数。1995年に、フルCGアニメ『カエルマン』発売。CM、PV、テレビ番組のオープニングなど、様々な映像制作を手がける。映像作品『ALTOVISION』では「After Effects」や「3ds Max」を駆使して、斬新な映像表現に挑んだ。
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