Webや雑誌の手帳関連記事の中にはほぼ登場せず、文具の専門家もあまり触れてこなかった一連の手帳群があります。とくに"引き寄せ"や"夢の実現"をテーマとし、表紙や装幀からスピリチュアルなムードを横溢させているといえば、勘のいい読者の方ならばもうおわかりでしょう。

"引き寄せ"や"夢の実現"をテーマとした手帳群

これらは手帳ではないのでしょうか? 筆者の結論は、「あれもまた手帳である」。予定記入欄があるという以上に、共通の構造を見て取ることができます。

今回は、これらを「巫女系手帳(※1)」と命名し、どこがどう手帳なのか、また既存の手帳との意外な共通点を通じて、これらの手帳も、ビジネス向け手帳と同じ構造を持っていることを明らかにしたいと思います。

※1 筆者はかつて「神社系手帳」という造語を提案した。これは、著名な大学教授や経営者が自らのノウハウを盛り込み、自らの名を冠して発売している一連の手帳群のこと。

神社は、古来の神や自然以外に、人をまつることがある。人は、二種類に分類される。まず大きな怨念を持ってなくなった人(平将門など)。そして大きな軍功をあげた軍人(徳川家康から東郷平八郎まで)。神社系手帳は、まつられた人にあやかろうとする指向が後者に似ていることから筆者が命名した造語である。

「手帳」の定義と巫女系手帳の構造

筆者は手帳を次のように定義できると考えています。すなわち"各種リソースを一元管理する、記入・参照のための冊子"です。

ビジネスパーソン向けの手帳の根本的な機能は予定管理ですが、これは予定やタスクの時間というリソースを予定の欄に記入して残り時間というリソースを見える化しています。

ビジネス用以外でも、各種の手帳にはリソースの記入・参照の冊子という役目が通底しています。それは明治期の軍隊手牒から現代のジブン手帳の「LIFE」分冊に至るまでそうです。

前者は軍人勅諭という、行動原理の基本が常に参照できる形で入っており、後者は、家系図や各種アカウントのメモ類が、自らに密接に関連する情報として常に参照できるように用意されています。「歴史手帳」(吉川弘文館)においては、歴史に関する資料ページがそれに相当します。便覧か記入するものかという違いはあってもそこは同じです。

さてでは今回取り上げる巫女系手帳は、どうでしょう。巫女系手帳においては、「著者の世界観」が重要なリソースになっていると考えられます。そしてそのリソースに従った、実践的な思考トレーニングとそのための記入欄が配置されています。

推薦者の道端ジェシカ氏がオビに登場「本当に幸せになる手帳2018」(秋山まりあ/中央公論新社)

「はじめに」。この手帳ではユーザーが愛と豊かさをたっぷり手に入れることにフォーカスしているという

使い方のページ。望みはすでにかなっているつもりで現在形で書くように指示されている

月齢や星占いにおける天体の運行などが、暦(カレンダー)にしたがってあたかも潮の満ち引きや季節の変化と同じように扱われて、予定記入欄に記されています。これらもリソースとみなされ、たとえば新月の期間に願い事を書く欄が用意されています。

1月の月間予定欄。いっけん普通

1月の「幸せな未来の記憶を作る未来スケジュール」欄。自分がそうありたいと願い予定を書く

週間予定欄。オーソドックスなレフト式をベースに、その週のテーマとなる文言がある。毎日のページにも「ついてる女! それは私」などの文言が踊る

1月のテーマは、「愛のメッセージを受け取る」

今年からもうけられた「ドリームイヤープラン」の解説ページ。目標の自分を設定し、そのためにする行動に具体的に落とし込んでいく。自己啓発のオーソドックスな方法がきらきらした文言で解説されている

少なくともこれらの手帳の著者は月齢や各種のお告げが、季節の変化のように現実の世界に影響を及ぼすものとみなしているからこそ、予定記入欄に掲載しており、またそれに従って予定を立案したり何かをスタートしたり、あるいは、辞めたりすることをすすめているのです。

民俗学者 柳田國男は「巫女考」の中で次のように述べています。

「ミコと称する二種類の婦人がある。ひとつは、神社に属し境内に居住して、神事に関与するもの。もうひとつは、遠方から来る旅行者であり口寄せをするもの。口寄せとは隔絶して近づくべからざる神または人の言語を現前の巫女の口を介して聞くこと」(概略)。

『定本 柳田國男集』(筑摩書房 昭和四十四年刊)第九巻 「巫女考」

つまりこの巫女系手帳の著者は一種の巫女であり、自らが考える世界観に従って手帳という形で口寄せをしていると考えられます。

日本は特定の宗教に大きく縛られることがあまりない八百万の神の国です。古来の神道や上述の六曜に加え、星占いや月の満ち欠けなどの中にそれぞれ吉凶の兆しを見つけるのは、さほど不思議ではありません。

「開運おでかけ手帖」(あべけいこ/飛鳥新社)。古代中国の「気門遁甲」という秘術を応用して、毎日の開運する方角を教えてくれる

中は予定記入欄はなく日々の運気の良い方角が記載されている

気門遁甲による、自宅からの方位の見方の解説。専門的な事柄がかみ砕いて書いてあるのがわかる

ビジネス用手帳と巫女系手帳に共通する要素

さてでは、これらの手帳は、いわゆるビジネス用手帳とは全く違うものなのでしょうか? 筆者の答えは「否」です。ビジネス用手帳にもこれらのスピリチュアル手帳の要素が入っているのです。それが六曜です(※2)。

※2 六曜が最初から入っていない手帳もある。たとえば無印良品の手帳には元号も六曜も入っていない。

「大安」「仏滅」「友引」などの文言は、もともとは中国の古い占いです。また仏教とも無関係です。これが現在の手帳に記載されている理由は、その占いに現在の日本社会のビジネスが左右されているからです。

たとえば結婚式場は、大安の日が人気であり、仏滅の日はすいている。建築業界においても同様に六曜は重視されています。現実との因果関係が見えないにもかかわらず、多くの人が六曜の存在を意識して意思決定しているのです。そして六曜と、これらスピリチュアルな引き寄せ系手帳における各種文言は、社会に根付いているかどうかという以上の違いがないのです。

「宇宙とつながって望みをかなえる手帳」(浅見帆帆子/扶桑社)。ご本人がオビに登場。「願いを強力に引き寄せる! しかもエレガントに」の文言が、エレガントでパワフル

説明のページ。この手帳のコンセプトは「宇宙の波動と調和して願いをかなえる」

記入欄の説明。各月にテーマとワーク(説明に従って自分が考えていることを記入する)がある

月間予定欄。この後に同じ月の「シークレットスケジュール」が同じフォーマットの見開きで用意されており、「うれしかったこと、ハッピーだったこと」を記入することが推奨されている

1週間の予定記入欄。やはりレフト式がベースで、左ページは午前、午後の予定を記入できる。右ページは、「今日のワクワクしたこと、感謝したこと」「ふと気づいたこと」「今日のアファメーション」の欄になっている

「新月の願い」のページ。毎月の新月に願いを書く。また「避けるべき時間帯」(ボイドタイムと呼ぶ)がきちんと明示されていて親切

ちなみに、編集氏の来年の手帳候補は「本当に幸せになる手帳2018(秋山まりあ氏監修)」だそうです。この手帳のおかげで編集氏の未来に幸が多いことを祈らずにはおられません。

執筆者プロフィール : 舘神龍彦

手帳評論家、ふせん大王。最新刊は『iPhone手帳術』(エイ出版社)。主な著書に『ふせんの技100』(エイ出版社)『システム手帳新入門!』(岩波書店)『意外と誰も教えてくれなかった手帳の基本』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)『手帳カスタマイズ術』(ダイヤモンド社)など。また「マツコの知らない世界」(TBS)、「ワールドビジネスサテライト」(テレビ東京)などテレビ出演多数。手帳の種類を問わずにユーザーが集まって活用方法をシェアするリアルイベント「手帳オフ」を2007年から開催するなど、トレンドセッターでもある。手帳活用の基本をまとめた歌「手帳音頭」を作詞作曲、YouTubeで発表するなど意外と幅広い活動をしている。

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