【コラム】

表千家茶道講師の水上繭子が教える「ビジネス茶道」の極意

2 禅語『茶禅一味』

水上繭子
 
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茶と禅は一つのものという意味の禅語で、茶道と禅が究極的には一致するととらえるものです。

茶道の魅力の一つに禅の教えがあります。この数十年の間に、ヒマラヤの秘境や日本の禅宗で実践されてきた瞑想が、グーグルやアップル、エトナをはじめとする企業の役員会議室や米国国防省、米国連邦議会下院などの権力の中心部に広がり始めていてることもあり、日本でも禅宗や禅語、マインドフルネスが注目を浴びてきています。

茶の湯においては、その祖と言われる村田珠光が禅僧一休宗純に参禅し、中興と言われる武野紹鴎が大林宗套に参禅、大成者である千利休は笑嶺宗訴に参禅して禅に開眼したと言われます (参考:表千家不審庵HP)

また、茶は開山千光祖師である栄西によって日本に伝えられていることからも、床の間に禅僧の墨蹟(ぼくせき)を掛けるようになります。墨蹟の言葉から伝えられる心を敬い、筆者の徳に頭を垂れ、その精神を実践し受け継ぐことが理想とされています。そうした茶と禅の結びつきは日本独特のもののようです。

茶の湯において、掛物ほど大切な道具はない。客も亭主も茶の湯と一つになってその真髄を得るためのものは墨跡が最上である。そこに書かれている言葉に託された心を敬い、筆者である仏道者や禅僧たちの徳を称賛するのである

(参考:利休に近侍した禅僧の南坊宗啓が書き残した『何方録』より)

禅の教えを自分のものにし、あらゆるものを捨て去って執着心を断ち切る言葉に感銘を受け、穏やかな境地を得ようと心に収めるからこそ、墨蹟を掛けることに意味がある

(参考:『分類草人木』より)

こうした記録にあるように、客は茶席に入るとまず床の間の前に座して手をついて頭を下げます。他の道具に手をついて拝見することはあっても頭は下げません。掛け軸は、私たちにとって道具ではなく、「筆者・人」「精神・心」なのです。

日蓮宗、浄土宗、真宗なども茶人を輩出していることからもわかるように、茶道は禅宗だけでなく、さまざまな宗教ともかかわりがあると言われまず。臨済宗の山田無文老師は「禅語といっても特別のものがあるわけではない。聖書でも毛沢東語録でも提唱に使える」とおっしゃっていたそうです。禅は生活のすべてに関わって禅なのだということ。先人の言葉は、それを受け止める私たち次第で、玉石のような輝きと力を持つものになりうるということです。

ビジネスの世界でリーダーたちは、後進に指針となる言葉を発する機会が多々あるのではないでしょうか。また、誰にでも、苦境の中で胸に秘める恩師や尊敬する人の言葉があるものです。言葉は、人の心を励まし、支え、人生の美学となる力を持っています。

これから時折、禅語をご紹介していきます。言葉の持つ力を味わっていただければ幸いです。

10月4日は中秋の名月です。最後に、月にまつわる禅語をご紹介します。

掬水月在手(みずきくすればつきてにあり)

両手で水を掬えばそこに月の姿が映る(花を手に取ればその香りが衣服にしみ込む)。

自他の対立を離れて月や花、自然や環境や世界と渾然一体となった境地の喜びを伝えています。通勤のおりに、秋の月、夜風、虫の音、花の香りに心を向けることで、ご自身の仕事がそれらと一体であることをぜひ感じてみてください。私たちが自然の一部であることを意識する時間を意図的に設けることで、脳の疲れを癒し、気分をリセットし、直観が働く状況をつくることができることを教えてくれます。

(参考文献:「茶席の禅語句集」朝山一玄著・「禅語の茶掛を読む辞典」沖本克己・角田恵理子著)

プロフィール : 水上 繭子(みずかみ まゆこ)


大学時代に表千家茶道の師と出会い、入門。京都家元での短期講習会に参加し、茶道の奥深さに惹かれ、政府系金融機関OECF(海外経済協力基金)勤務や結婚、子育ての中で、茶の湯の稽古を継続する。その後、茶道の豊かさ、楽しさ、奥深さを伝えるべく、茶道教室を主宰。近年はコミュニケーション力や新しい発想力を養う人間力道場としての茶道を提案している。
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連載目次
第2回 禅語『茶禅一味』
第1回 ビジネス茶道の極意

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