20日に米Appleがイリノイ州シカゴにタウンスクエア型の新フラッグシップストア「Apple Michigan Avenue」をオープンさせた。従来のApple Storeと同じように同店もAppleのストアではあるが、同社が”タウンスクエア”と呼ぶ新世代のストアは、誰でも歓迎し、人々が集まり、コミュニケーションが行われる場としてデザインされている。ミシガンアベニュー店は入り口の前に広場が広がり、また建物の横にベンチが置かれていて誰でも気軽に使える「プラザ」と呼ばれるコミュニティスペースが用意されている。そこからシカゴ川のリバーフロントにアクセスできる。ストア部分は建物の奥の方に配されていて目立たないので、Appleのロゴに気づかずに公共施設と思って、リバーフロントに通り抜けたり、プラザでのんびりする人が少なくなさそうだ。

コーナーを含め側面全体がガラスで覆われている「Apple Michigan Avenue」

建物の横の緩やかな階段がベンチの置かれた「プラザ」、プラザを下りていくとリバーフロントに出られる。ストアというよりもパブリックスペースのような雰囲気

しかし、ビジネス面からタウンスクエア路線を高く評価している人は決して多くはない。実店舗型の小売りが苦戦する中で、Appleは米小売店の平方フィートあたりの売上でトップを維持しているからだ。そんなAppleが、これほど大胆にストアのコンセプトを変えてしまっては、売上を落とすリスクの方が大きいと言わざるを得ない。それでもAppleがApple Storeの改革に踏み出す背景には、米小売企業が直面している大きな変化がある。

実店舗型小売りへの影響というと、誰もがオンラインショップの影響を思い浮かべる。たしかに、Radio Shackの倒産、Toys "R" UsやSports Authorityの破産など、長い歴史を持ち、全米に店舗を展開していた小売大手が次々に破綻している。これらを引き起こしたのはオンラインショップの成長であり、これまでショッピングで栄えていた地域の商業スペースに空き物件やシャッターが下ろされたままの店舗が増えている。そうした光景を見て、誰もが「店舗型の小売店が減少している」と感じている。

ところが、IHL Groupが今年の8月に公開した米小売市場レポート「Debunking the Retail Apocalypse」によると、2017年には新たに開店する小売店が閉店する小売店を上回る。シャッターを下ろす実店舗が目に見えて増えているにも関わらず、実店舗数が増加するというのだ。

どういうことかというと、まずは下のグラフを見て欲しい。2017年に新たに店舗を拡大させる16社と削減計画を打ち出している16社である。Radio ShackやPayless Shoesource、Gymboree、The Limited、Gamestopといった小売大手の店が消え、Dollar General、Dollar Tree、7-Eleven、TJXなどが増える。

2017年に店舗を増やす16社

2017年に店舗の閉鎖を計画している16社

Dollar GeneralやDollar Treeは、1ドルから数ドルの商品を揃えたいわゆる「バラエティストア」である。ネットで買うには安すぎる商品、すぐに欲しい日用品など、オンラインショップではカバーしにくい商品を扱うショップである。TJXは衣料や生活雑貨のディスカウントショップだ。アウトレットに流れるような衣料品は手に取って確かめてから購入しないと失敗する可能性が高い。TJXもオンラインショップの台頭の影響を受けにくいビジネスと言える。

だが、ランキング全体を見渡すと、もう1つの変化が見えてくる。米国の消費における「ミドルクラスの縮小」と「ミレニアルズの影響力の拡大」である。買い物にしても、外食にしても、ミレニアルズは節約意識が強い。コンテンツは購入ではなく、ダウンロードやストリーミング。便利なもの、便利になるソリューションが好き。そして従来の若者層に比べると、ファッションだけではなく、様々な体験に関心を持っている。そうしたミレニアルズのライフスタイルと好みも実店舗のあり方に大きく影響している。たとえば、7-Elevenは日本のコンビニのノウハウを取り入れて、米国でも便利なストアに生まれ変わりつつある。日本から逆輸入された"コンビニエンス"が成長の要因になっている。

以下は、店舗を増やそうとしているレストラン/ファストフード店と減らしているレストラン/ファストフード店だ。

2017年に店舗を増やす計画のレストラン/ファストフード16社

2017年に店舗を減らす計画のレストラン/ファストフード16社

店舗を増やしているトップのNoble Romansはピザ屋である。だからといって、ピザが好調というわけではない。ピザ・チェーン最大手のPizza HutやPapa Murphy'sは店舗を減らしている。Noble Romansは同じピザでも、グローサリーストアやコンビニとのライセンス契約を通じて店舗を増やしている。消費者に便利を提供する事業スタイルで成長している。

また、ランキングを見ると、SubwayやStarbucks、Burger King、McDonald'sなど、あらゆる場所に店舗を持つビジネスの苦戦が明らかだ。ミレニアルズは全米チェーンで画一的な店よりも、地域のカフェやハンバーガーショップを好む傾向が強い。全米チェーンでもDunkin' Donutsは店舗を増やしている。同社は、ブランド名からDonutsを省いて新たに「Dunkin」で展開するリブランドを行うなど、積極的な改善を進めているためと思われる。「節約」、「コンビニエンス」、「コミュニティ感覚」、そして「フレッシュさ」が今日成長を実現している実店舗のキーワードである。

消費は減っていないし、消費者がなんでもかんでもオンラインで済ませているわけでもない。実店舗において、以前はブランド力がモノを言った。でも、リーマンショックの直撃を受けたミレニアルズは、旧態依然とした巨大ビジネスを嫌う。そんなミレニアルズが消費者の主流になってきた米国では、ムダなく、便利で、そしてユニークな体験を提供してくれるものが選ばれるようになっている。全てのオンラインショップが好調なのではなく、そうした消費者の需要に応えているオンラインショップが成長しており、実店舗よりもオンラインショップの方がチャンスをつかみやすい。しかしながら、実店舗であっても新たな需要に応えることで大きな成長を実現できる。

歴史を重ねてきた小売大手であっても、ブランドにあぐらをかいて油断していたら、どのような分野であっても新興のビジネスに取って代わられる。下剋上の時代と言える。今は好調なAppleでも、今起こっている変化を見極めて大胆に行動しなければ、瞬く間に衰退してしまう。Apple Storeからタウンスクエアへの変化が正しい道であるかどうか、見極めるにはもう少し様子を見ていく必要がある。タウンスクエア路線を疑問視する声も少なくない。しかし、2001年にAppleがApple Storeを展開し始めた時も、その後の成功を予想する声は皆無だった。パソコンは、DellやGatewayなどカタログやネットによるBTO通販方式、またはComp USAなど家電量販店を通じた販売が主流で、実店舗を設ける意味はないと見なされていたのだ。しかし、当時のX世代以降の消費者は、パソコンやMP3プレーヤーをただ買うのではなく、販売やサポートを含む一連の体験の違いでApple Storeを選択した。