「Super App (スーパーアプリ)」という言葉をご存じだろうか。代表的なアプリが中国のWeChatだ。チャットアプリでありながら、モバイルペイメントや個人間送金といった機能を備え、そしてフードデリバリーや相乗り/配車、自転車レンタルなど様々なサードパーティのサービスをサポートする。1つで何役もこなせるから、スーパーアプリは「スイスアーミーナイフのようなアプリ」と表現されることが多い。

現金を使う人が減ってWeChat PayやALIPAYでの支払いが日常になっている中国では、スーパーアプリが人々の生活に欠かせない存在になっており、ユーザーのアプリの使用時間も長い。その便利さは爆買いツアーも支えている。旅行先の国で使えるサービスのアプリを用意しなくても、いつも使っているスーパーアプリから旅先でも配車サービスを手配し、買い物の支払いを済ませ、翻訳機能を使い、近くにいる友達を探せる。

「LTE対応のApple Watchは何に役立つか」という話題になると、中国人からはほぼ「WeChatかな」という答えが返ってくる。チャットアプリがベースだから、デジタルアシスタントを使うスマートウォッチと相性が良い。中国が重要な市場になっているAppleもWeChatを意識しており、初代Apple Watchを発表した時にWeChatのデモを行ったし、9月のイベントでもデータ通信機能を活用できるアプリの例としてWeChatを挙げていた。

2015年のApple Watch発表イベントで紹介された「WeChat」

10日にAndreessen HorowitzのパートナーであるConnie Chan氏が次のようにツイートした。

アジアのモバイル・レボリューションを実現した製品からの2つの大きな教え、1. スーパーアプリの台頭、2. モバイルファースト。

(1)のスーパーアプリに対して米国では懐疑的な反応が目立った。というのも、2年ほど前にFacebookやGoogleがメッセンジャー・ボットを強くアピールしたが、その後トーンダウンして、今年の開発者カンファレンスのキーノートではほとんど話題に上っていない。今年の2月にはBill Gates氏がWeChatのアカウントを作ったことが話題になったものの、2013年にWeChatが米国に拠点を置いてから4年で欧米市場への拡大が進んでいるとは言いがたい。GoogleやFacebook、Appleの中国進出を中国の壁が阻んでいるように、WeChatも逆に壁を越えて出るのに苦戦している。今のところ、メッセンジャーはモバイルプラットフォームを脅かすような存在になっていないし、WeChatは欧米に浸透できていない。

ただ、メッセンジャー・ボットやWeChatだけでスーパーアプリの可能性を判断してしまうのは少々乱暴だ。それらはスーパーアプリの代表的な存在ではあるが、全てではない。Chan氏はスーパーアプリの定義を「ユーザーが自然と必要とするサービスを統合して提供するのがスーパーアプリ」と定義している。

例えば、写真共有アプリで美味しそうな料理の写真を見つけたユーザーが「食べてみたい」と思う。その際に、アプリ内からフードデリバリーで必要な食材を注文したり、またはそのメニューを食べられる近くのレストランを予約できるのがスーパーアプリだ。フードデリバリーサービスやレストラン予約サービスのアプリでも同じことができるけど、「食べてみたい」と思った時に、その場で予約または購入できるのがユーザーに行動させる一押しになる。逆に「食べてみたい」に応えるような機能ではないもの、「ユーザーが自然と必要とするサービス」ではないものが統合されても、スーパーアプリとしてうまくいかない。

近くの上映館を検索してチケットを購入できる映画レビュー・アプリ、サービス利用時に車内でユーザーのSpotifyアカウントから音楽ストリーミングできる配車アプリ、複数の銀行口座や証券口座に自動アクセスして資産を一括管理してくれる家計簿アプリなど、サードパーティのサービスを統合したアプリはいくつも存在する。ただ、そうした提携が積極的に行われているとは言いがたい。サービスごとにアプリが存在し、自分が少しでも使うサービスのアプリを全てインストールしていたら数百個規模のアプリになってしまうのが現状だ。結局、使い切れずにインストールしているだけのアプリが増えていく。「ユーザーが自然と必要とするサービス」を前提にユーザーの体験の向上につながる提携が活発になったら、ユーザーはよく使うアプリから関連する機能やサービスに効果的にアクセスできるようになる。アプリをインストールしたまま忘れられるより、そうした統合が進んだ方が、ユーザーにとっても、サービスプロバイダーにとっても好ましい状況である……というのがスーパーアプリの成功から学べるポイントだ。

そうした中、Snapが「Snapchat」に「Context Cards」という機能を10月10日に追加した。下からスワイプアップすると、ユーザーが表示しているスナップに関連した情報をまとめたカードが現れる。スナップに関連するストーリーが表示されるほか、TripAdvisor、Foursquare、Michelin、goopなどがコンテンツパートナーになっている。また、Uber、Lyft、OpenTable、Resy、Bookatableなどの機能が統合されている。たとえば、友だちが共有したパンケーキのスナップでスワイプアップすると、そのお店の情報が表示され「行ってみようか」となったら、そのままUberやLyftを頼める。できることはまだ少ないけれど、WeChatの成功をうまく消化していて、米国でスーパーアプリを目指しているのは明らかだ。

スナップで下からスワイプすると「Context Cards」が現れ、店の営業時間やレビューなどスナップに関連する情報を確認でき、予約サービスや配車サービスもカード内で利用できる。

InstagramやFacebookに同じような機能をぶつけられ、圧倒的なユーザー数の差に押されて、Snapchatは厳しい状況にある。「もう終わった」と見る向きも少なくないが、Snapchatはしたたかだ。

Snapchatのお株を奪って、Instagramがストーリーの提供を開始したが、同じストーリーでもInstagramとSnapchatではずいぶんと異なる。違いを一言で言い表すと、Instagramはより多くの人たちに発信するための「ブロードキャスト・プラットフォーム」であり、ブランドだけではなく、人々もブランドのように振る舞っている。対してSnapchatは、今も友だちや知り合いのグループを結ぶ「コミュニケーション・プラットフォーム」であり、Snapchatのストーリーでは人々が日々のことを記録している。同じような機能が提供されても、それを受け取るコミュニティの違いで使われ方が異なるのがソーシャル製品の面白いところ。より多くの人たちに見てもらえるからInstagramのストーリーの方が楽しいと言われるが、スーパーアプリとして考えたら、コンテンツのコンテキストをより活かせそうなのはSnapchatのコミュニティである。SnapchatはContext Cardsのパートナーを厳選していて、(今のところは)「ユーザーが自然と必要とするであろうサービスや機能」を揃えている。