iOSの次期メジャーアップデート「iOS 11」では簡単な操作で指紋認証機能「Touch ID」を無効化できるようになるかもしれない。WWDC 2017では新機能リストに記載されていただけでこれまで話題になっていなかったが、最近になってiOS 11のベータ版で試した体験が報じられて、その機能の是非をめぐる議論が広がっている。「Touch IDの無効化って危ないんじゃないの」と思うかもしれないが、セキュリティは損なわれない。個人の情報やデータを守るという点では、むしろ向上すると言えるだろう。

Touch IDの無効化は、緊急通話の新しいユーザーインターフェイス(UI)の副次的な機能である。私個人は、Touch IDの無効化はともかく、何を置いても緊急通話の新UIを正式版に実装して欲しいと思っている。というのも、この機能はiOS 10.2のベータ版でも試されていて、役に立つと思っていたのだが、正式版に搭載されなかったという過去がある。

新機能は「SOS on iPhone」と呼ばれており、緊急通話を自動発信 (Auto Call)するように設定できる。オン時の使い方は、iPhoneのスリープ/スリープ解除(電源オン/オフ)ボタンを5回連続して押すと「Emergency SOS」と「Medical ID」のスライドバーが表示されるので、「Emergency SOS」をスライドすると緊急通話が発信される。

iOSにはすでに緊急通話機能が実装されている。パスコード入力画面に「緊急」が表示され、タップして現れるダイヤル画面から、アンロックしなくても緊急通話をかけたり、ユーザーのメディカルID情報にアクセスできる。

現在のiOS 10の緊急通話機能、ロック画面に表示されるのでアクセスが分かりやすいが、ボタン×5回の方が素早く確実に緊急通話を行える。ただ、ボタン×5回をユーザーに覚えさせるのは難しそうだ。

すでにアンロックから緊急通話できるのだから、ボタン×5回は不要と思うかもしれないが、自動発信の方が圧倒的にスムースなのだ。「Emergency SOS」のバーをスライドして、数秒のカウントダウンを待てば (カウントダウンさせない設定も可能)、自動的に登録した緊急連絡先にかかる。緊急連絡するという目的に、まっすぐに進んでいくUIである。これがキーパットだと「番号を押して」「発信ボタンをタップして」とユーザーに考えさせる。911 (110番と119番の役割を併せ持つ米国の緊急通話番号)に電話するだけのことでも、発信ボタンをタップしていなくてしばらくの時間を無駄にするということが起こりかねない。緊急時の通話には、それぐらいの負担もないのが望ましい。

5回ボタンを押してスライドするだけだから、強盗に遭った時でもこっそりと緊急通話できるかもしれない。緊急通話がつながれば、オペレーターと話さなくても、危ない状況であることは伝えらえられ、携帯の位置データで居場所も知らせられる。過去には、寝室にいた子供が911したり、ピザの宅配を頼むのを装って911に電話をかけて強盗が捕まったこともあったが、強盗に襲われている最中に911をかけるのは困難なことだ。ポケットの中に入れたままでも緊急通話できるぐらい簡単で、素早くかけられる方法があったら、危ない時に通報できるケースが増えるはずである。

Touch IDは解除要求に従う必要あり、パスワードは…

Touch IDに話を戻すと、5回ボタンを押した後に「Emergency SOS」や「Medical ID」のスライドバーではなく「Cancel」ボタンをタップすると、Touch IDが無効になり、パスワードやパスコードの入力が必要になる。

これが何に使えるかというと、たとえば捜査当局からiPhoneの提出を求められた時である。Touch IDを使ったアンロック解除は、部屋の鍵やDNAサンプルの提出と同じように、捜査当局に強い強制力がある。だが、そうした物理的なオブジェクトと違って、人が記憶しているパスワードやパスコードは知識と見なされ、米国憲法修正第5条の黙秘権の対象になるのだ。もちろん、捜査に必要なデータがスマートフォンの中に入っているという証拠に基づいた要求ならパスワードの提出も拒否できない。だが、ただ調べたいというだけなら、iPhoneを渡す前にTouch IDをオフにしてしまうと拒否を貫ける。

次期iPhoneでは顔認識によるアンロックが可能になるという噂が飛び交っているが、便利さがセキュリティの仇になることもあり得る。指紋認証、虹彩認証、顔認識、PIN/パスワード、パターンなど様々な認証方法が用意されているスマートフォンは珍しくない。でも、いくつも選べるのは、1つであらゆるケースに対応できて、安全で使い勝手も良い方法はないからだ。

パスワードの黙秘権も考慮してTouch IDの無効化をAppleが試しているのかどうかは分からない。ユーザーのプライバシー保護を優先するAppleのソリューションとして理に適っているが、我々が勝手に推測して盛り上がっているだけなのかもしれない。1つ確かなのは、人々がプライバシー保護を自身でコントロールするのを望んでいるということ。WWDCで取り上げられなかった機能に、これほどユーザーが熱く議論し、待望論が広がっているのが、それを証明している。